今回のパンセでも前回と同じグループと留学生のデリックとで松林の屏風図を見て、班で話し合った。絵画を見て、私たちが感じた情景は、山の松林と海辺の松林であった。左側は山の中の霧に包まれた松林を描き、右側は海風によってななめに立つ松であろうと思った。正直、思ったこと・感じたことはそれだけであった。配置がどんな効果を生むなどといったことはあまりわからなかったが、デリックはこの殺風景な絵の中に「隠し美」を感じるといった。大切なのは、見える松ではなく、見えない空間のほうが大切なのではないかと言った。見えないところになにがあるかを想像することが大切なんだと思った。パンセの文章はどうして「古い言葉を使ったと言われるほうがうれしい」のか、という問いは同じことを言った際、否定されるよりも肯定されることを人間は好むということではないかという結論に至った。
今回は前回には居なかった留学生を交えて討論することで、日本人が日本の美を感じられなくなっていることを感じさせられた。デリックは日本人よりも日本人的な感情を持って日本画を見られているように思えた。しかし、私はこれはグローバル化が進む中では仕方のないことであるとも思うが、日本画の美もわかるような日本人的感情も持っていたいと思った。
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