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2012年8月9日木曜日

: 保健学科 中西蓮 期末レポート


 

 私がこの講義で学んだことは、まずは人とのコミュニケーションをとることの大切さです。講義の始まったころは二人一組で話していましたが、ペアの人と初めて話すのでとても緊張していました。しかし、回数を重ねるにつれ、知らない人と話すことにも徐々に慣れ、最後には大人数で話すことも楽しめるようになりました。そこでもう一つ大切なことが、会話を途切れさせないということです。話が途切れないように新たな話題を出すことは難しいですが必要なスキルだと思いました。また、この講義では様々な学科、学部の人と交流でき、絵の見方や文章の読み取り方、そして考え方などさまざまでいろいろな考え方があるんだと知ることができてよかったと思います。

 また、この講義では英語を使うことが多々あり、英語の重要性を再認識できました。中学、高校と英語を学習してきましたが、最初は自分の意見を全くと言っていいほど表現できず、実際に話すのはとても難しいと感じました。しかし、毎週のように英語で表現する練習をするうちにだんだんできるようになり、最後には留学生ともコミュニケーションが取れたと思います。

 ほかには、文章を読み解く力です。パンセの文章は毎回理解するのも難しく班の意見も様々なものがあり、結局これだと思う答えにたどり着いたことはあまりありませんでしたが、そのことについて考えることが何か大切なことにつながっているのではないかと思います。また英語で簡単に表現するということもあり、様々な角度から考えられたと思います。課外活動では宮田さんの市民講座を聞いたり、韓国の学生とスカイプ交流をしたりと、世界が広がりました。

 この講義で学んだことは、自分の世界に閉じこもっているのではだめで、積極的にコミュニケーションをとり世界をひろげていくことが大切だということです。この講義で得た知識、技能を今後の生活にも活かしていきたいと思います。

保健学科 中西蓮



 

今回も前回と同じ5班で、ピカソのゲルニカについて話し合いました。 この絵は何度も見たことがありましたが、深く考えたこともなかったので今回の講義で初めてよくみた気がします。まず、この絵は戦争の絵のように感じました。そして、上にある電球は強力な兵器か、危険なものを表していると思いました。パンセの文章については、人間は自然という広大で偉大なものには到底かなわないのに、科学の発達によりあたかも自然を掌握し、対等な立場に立ったと思い込んでいるということではないかと思いました。また、科学の進歩の結果悲劇が起こるのは、今の核の問題でわかるように、それらを使うのは人間であるからで、だから科学の限界は人間の手に負えないようなものが生まれるときだという結論になりました。今回も留学生と話す機会がなかったので、次は話したいと思います。

2012年8月8日水曜日

電気電子工学科 高田博文

今回の講義ではゴヤの絵画とパンセの言葉について話し合いました。まず印象について、一見残酷な絵画であると思われるがどちらが正義かはわからないという意見が出ました。ゴヤが表現したかったと思われることは同じ立場に立たないと話し合いが円滑に進まないということだと思いました。また紛争の始まりという意見もでました。正義は絶対的なものはない、正しいことは誰もが共感しうるものという意見が出ました。絵画の中で悪い奴誰かというのでは右の連中とおいう意見が出ました。一方的で死者も出していて無抵抗な人々を攻撃するのはよくないからです。戦争と正義は結びつけることはよくなく秩序を乱していて秩序があってこその静けさが平和だからです。

2012年8月7日火曜日

電気電子工学科時谷哲郎

今回の講義は、人が少なかったので3つの班に分かれ、自分は3班でした。広島の原爆の日というのもあり、戦争についての絵画について話し合いました。
まず、印象としては一見残酷であるが、どちらが正義かはわからなく、同じ立場にならないと話し合いは円滑に進まないことを表現していると思いました。次に、絵画の中の悪いやつは、右側の連中ということになり、一方的で無抵抗な人間を攻撃するのは良くないと考えました。
そして、正義とは絶対的なものはなく、誰もが共感し得るものが正しいことだとまとめられました。また、戦争と正義とを結びつけることは良くないことで秩序を乱しており、平和とは秩序があってこその静けさとなりました。
今回は留学生とも積極的に話し合えたと思います。最後の講義でしたが、今まで色々学べて良かったです。

2012年8月6日月曜日

栄養学科 齋藤沙緒理

  今回は、最後のパンセと絵画の授業だった。人が少なかったので、最初から班で話し合いを始めた。今回は3班で話し合った。留学生は2人で話した。今回は、みんなそれぞれ自分の意見を話し、そこからみんなでまとめるという作業をした。まとめを以下にまとめる。

 1.一見、残酷だが、どちらが正義かはわからない。

 2.同じ目線、立場にならないとしっかり話し合いが円滑に進まない。

 3、4.正義とは、絶対的なものはない。正しいことは、誰もが共感し得るもの。

 5.右側の兵士たち。一方的で死者も出しており、無抵抗な人間を攻撃するのは良くないから。

 6、7.戦争と正義とは、結びつけることは良くない。秩序を乱している。秩序があってこその静けさが平和になるから。

 というまとめになった。今回は、留学生が積極的に話し合いに参加してくれたので、話し合いがけっこう進んだと思う。この授業は、終わってしまったが、後期も留学生と交流をしていきたいと思った。

保健学科 福田育美

今日は広島の原爆の日ということで、戦争に関する絵画でした。わたしは広島出身なのですが、広島では毎年今日の8時15分にサイレンが鳴って黙祷をします。徳島ではサイレンは鳴らないので、広島にいたときより意識が薄れてしまうなと感じました。
絵画だけを見ると、背景が詳しくわからないので武器を持って殺している人たちが悪く見えるけれど、銃で撃っている兵士たちも殺したくて殺しているわけではないかもしれないので、その兵士たちに殺すように命令した人やその国の政府が悪いという話になりました。しかし、殺してしまっているのは事実なので撃っている人も悪くなってしまう。
正義とは、倫理や人権に反しないことであり、すべての人を平等に扱おうとすることであると思います。どこの国の誰が見ても正しいと思えることが本当の『正しいこと』であり、当事者が無理矢理「正しい」と決め込んだことは
本当の『正しいこと』ではありません。けれど、どこの国も自国は正しい、自分が正義だと思い込んでいるので、本当の正義を決めるのは難しいです。
戦争自体は正義ではなく、戦争に勝ったから正しいとか負けたから正しくないとかいうことはなく、戦争で正義ははかれないと思いました。
わたしたちは戦争を経験したことがなくてどんなものかは実際にはわからないけれど、戦争をしていいことは何もないと思うのでこれから戦争があってはいけないと思います。

2012年8月5日日曜日

電気電子工学科 榎木 一史

7月31日1:00に送信したが反映されてなかっため再送信。

 

1、今回の講義は、最初に先生のお話を聞いてその後グループに分かれてパンセの絵画と文章について話し合いました。自分はグループ3でした。

2、パンセの絵画については、真ん中に描かれている少女が王女様でその周りにいる女の人たちが女官たちという意見が出ました。この絵は、ヨーロッパの皇族の生活を描いているという意見も出ました。自分は、右下にいる赤い服を着た少女が犬を足で踏んであたかも犬をあざ笑っているように見えました。これは、貧富の差を表現しているのかなと考えました。この時代のヨーロッパの風潮を表しているのだと思いました。次に、パンセの文章について「ひとが、まちがっていると思いたがらない原因はどこにあると考えているのだろうか?」について考えました。人は、他人が間違っていると指摘し馬鹿にすることがよくあります。そのとき、人は劣等感を感じる、そして、人は劣等感を感じることを嫌がるからだと思います。次に「感覚というものは常に真であることから起こる間違いとはどのようなものがあるか」については恋愛を例に出して考えました。自分は、ある女性が自分に好意を持っていると思い込んでいて、でも、その女性は自分のことを何にも思っていない。という結論が出ました。

3、今回の講義は、中国からの留学生の方と交流ができたのでよかったです。自分から積極的に話をできたので良い経験ができたと思います。

電気電子工学科 高田博文

送ったけど反映されてない分です

 

今回の講義では留学生を含めた8人の班で話し合いをしました。絵画の印象については、表情が少しこわばっているというなという印象を受けました。この絵画にはベラスケスが描かれているが、その役割はよくわからないけど鏡に映っている国王夫妻は鏡から真ん中に描かれている娘であろう人物を見守っているのではないかという意見が出ました。留学生の意見で階段のほうから見守っている人物もベラスケスではないかと言っていたがどうやら違うみたいでした。人が間違っていると思いたがらない原因は、人間はどこか自分勝手なところがあり、また自尊心を持っているところにあると考えられます。感覚というものは常に真であることから起こる間違いの例について私たちの班の意見は「喧嘩」です。例えばAさんとBさんがいてAさんは間違っているのに自分では正しいと思ってしまうことでBさんと意見の対立が起こり喧嘩が起こってしまうということです。こうならないためには、自分が正しいかをしっかりと見極めることが大事であると思いました。

栄養学科 齋藤沙緒理

 今回は、新しい班として、8班で、今回新しく来た韓国からの留学生とベラスケスの絵とパンセの文章について話し合った。

 今回は、先生が最初にこの絵画について説明してくれた。この絵画は、作者が絵を描いているのを一緒に描いているという珍しいものだった。

 1では、最初はまとまらなかったので、一通り話し合ってから、結論づけた結果、We think the painter has insisted of himself.(この作者は、自己主張がすごい。)となった。

 2では、しっかりとはまとまらなかったが、ある意見として、貧富の違いを表すために、この絵画に描かれている人の役割があるのだと考えた。

 3では、留学生が「自分が思いついたことを否定したくない。自分が正しいと思っているから。」と発言してくれた。みんな「なるほど!」となった。その意見を班の意見とした。

 4では、クラスの前で発表したように、「自分の思想と人の思想ではずれが生じて間違いが生じる。」となった。これは3でまとめた意見が前提となって、4の問題が生じたということで、こういうまとめになった。

 今回は、リーダーが話し合いをスムーズに進めてくれたので、結構まとまったと思う。今回は、中身が難しかったので、しっかりと自分の意見が出せなかった。

2012年8月3日金曜日

電気電子 中村剛士

今回のペアラーニングは、アイルランドの人でした。アイルランドでは、夏休みが5月くらいからで、日本に来ていると言うことでした。夏休みが長くていいなぁと思いました。僕も、こんなに夏休みが長かったら、海外にいきたいなぁと感じました。外国の人の習慣がわかった感じがして良かったです。

電気電子工学科石本卓也

今回の講義も前回と同じようにグループに分けて話し合い、私は8班でした。
まずこの絵画から浮かんでくる情景は、子供たちがきれいな格好をしていて華やかな感じがしますが、影が多く描かれており暗い感じもしました。また鏡に写ったものが描かれているという意見もありました。
また、パンセの文章では「自分の考えていることと他人が考えていることではズレが生じてしまい、それによって間違いが起こる」となりました。
今回の講義では前回のときより話し合いに参加することができたと思いました。来週はもっとできるように頑張りたいです。

2012年8月2日木曜日

保健学科 山村菜摘 期末レポート

   私がこの「パンセと絵画」から学んだことは、伝えるということがどれだけ難しいかということだ。画家は絵画を通して時間と場所を飛び越えて何かを私たちに伝えようとする。しかし、ただ単に伝えても意味はない。自分の見たこと、感じたこと、思い、価値観、伝えたいこと全てを伝える。それをたった一枚の画用紙やキャンバスの中で表現するのはかなりの経験であったり、伝えたいことをまとめることができたり、自分のことを知ることが大切になってくる。そして絵を描いても、全ての見る人に伝わらなければ絵として成立しないのだ。絵画は見る人が居て、初めて成り立つのだと思う。パンセは絵画ではなく文章として、読む人に何かを伝えようとした。絵画にしても、文章にしてもなにかを"残す"ことで自分が存在していた証を残すことができるのだと思う。画家たちやパンセのように、私も何か生きていたと証明できるものが全世界の規模でも、日本の規模でなくてもいいので、自分の子孫や自分がかかわってきたこと位の規模でいいので何か残せたらいいなと思った。 正直、私たちが見てきた絵画は私に歴史的背景の知識が不足していたり、画家の言いたいことがくみ取れるまでの経験などが無かったからか、あまり理解することはできなかった。だから、画家やパンセの文は私にとっては意味のないものであったのかもしれないが、何年もたって自分が歴史を知って、色々な経験をして改めて今回見てきた絵やパンセの文を読んで再び設問に答えてみたいと思った。
   また、課外活動では韓国の学生とスカイプで交流を行ったり、市民講座に参加して宮田さんにキリスト教についての講演を聞いたり、PEER LEARNINGでは韓国の留学生に韓国語を教えていただいたり、アイルランドの留学生と交流したりと他ではできない活動を積極的に行えたと思う。文化や宗教の違いに驚くことも多々あった。これからは専門の勉強が増えていくが活動をとおして学んだことを胸に止めておきたいと思う。

機械工学科1年 田上 拳伍

 今回の授業では、また前のようにグループを作って絵画とパンセの文章について話し合った。私は1班になって、グループのメンバーは9人くらいでその内の1人はアイルランドからの留学生だった。
 今回の絵画は、不思議な感じのする絵だった。まず画家本人が何故か絵に描かれているし、鏡にそこにいない人が映っていた。画家本人が映っているのは、自分がその絵を描いたということを残したかったのだと、グループで話し合ってすぐに分かったが、鏡に映っている人の役割はなかなか分からなかった。最初は、その夫婦はすでに死んでいるのだと思ったが、後から夫婦はまだ生きていて、画家の後ろにいるから鏡を通してでないと描けなかったのだということが分かった。夫婦がいつも子どもたちを見守っているということを表現したかったのだと思う。
 パンセの文章は、一見難しそうだったが、意味はその文章のままだったので分かりやすかった。感覚が真だと思い込むことで起こる間違いは、私のグループでは、飲酒をしたときだということで話がまとまった。

保健学科 武田真帆


パンセと絵画 期末レポート
 

私がこの授業で学んだことは、絵画の見方やパンセの文章の解釈の仕方は人によってそれぞれ違うということである。この授業では、絵画やパンセの文章についてグループで話し合うことが多かった。毎回違うメンバーで話し合ったので、いろいろな考え方があることを知ることができた。特に、長谷川等伯が描いた『松林図屏風』の絵画について話し合ったときに、他のグループの人のレポートに、「屏風の絵だから紙を折ってみると、中心ではなかった松の木が中心に描かれてあるように見えた」と書いていたことに感動した。私では、思いつくことができなかったような発想をしていて、「そういう発想があったのか!」と気づかされた。他の人の意見を聞くことによって、自分が思いつかなかったことを知ることができるので、他人の意見を聞くことや自分の意見を述べることは重要だと思った。また、西洋の絵画と日本の絵画の違いを少しではあるが知ることができた。日本の絵画

は線がハッキリ描かれていて、西洋の絵画は線がぼやけているのが特徴だと思った。日本の絵画は、どんな情景なのかを推測することが難しかった。日本の絵画には、大浴場などの日本独特の文化が描かれていると思った。絵画について考えることによって、絵画が描かれた国のことや時代、作者についても知ることができるので面白かった。ピカソの絵画は、とても興味深かった。ピカソは作風が時代とともに変わっていったことで有名である。この授業では、『ゲルニカ』の鑑賞をしたことがある。『ゲルニカ』は絵画を通して平和運動を訴えていたので、とても素晴らしい絵画だと思った。何かメッセージが伝わってくるような絵画は、時代を超えても受け継がれていくと思う。パンセの文章は、解釈することが難しいと感じた。しかし、グループで意見をまとめることによって理解がしやすくなったと思う。英語を使っての意見を述べる場面も多かったが、積極的に英語を使うことができなかったのが反省点である。この授業で学んだことは、今後どこかで役に立つと思う。

建設工学科 青山大輝

今回の講義の絵画はベラスケスの絵画についてだった。この絵画について今回も留学生を交えてグループで話し合った。グループは1班だった。今回の絵画から浮かんでくる情景としてDress upであると最初に浮かんだ。この絵画はとても面白く書いている本人が絵画に登場していて今までに見たことないものでとてもユニークに感じた。この絵画に描かれている鏡の中のフェリペ4世夫妻は子供たちをそっと見守っている様子であって、ほっとする絵画だと感じた。グループでは女の子が人形みたいだという意見も出た。鏡の中に描くことによって後ろから子供を見守るとともに前からも見守っている様に描いているのではないか?とかんじた。グループでは子供たちをそっと後ろから見守る夫妻であるという意見がでた。パンセの言葉では自分が正しいと思っていることは一つの見方であって客観的に見たら間違っていることが現実ではある。また固定観念によるものであると発言した。最後の問いではグループではお酒の話になった。お酒は感覚を鈍らせ間違った行動を起こすことがあることから感覚というものが常に真ではないとい
う意見になった。今回の絵画はもっと考察することで楽しめそうに感じた。

2012年8月1日水曜日

保健学科・橋本日香里

7月30日の授業では、ベラスケスの絵画「女官たち」とパンセの言葉について議論した。絵画「女官たち」は、視点が画家視点ではなく、国王フェリベ4世であるという珍しいもので、しかも画家本人が絵の中の一員となっている。
今回の班はまた8つのグループに別れ、人数の多い中での議論となった。
私達6班はまず自己紹介と夢を語ったところで、この絵画の印象についての意見を言い合った。華やかな衣装や後ろのシスターなどから、何か結婚式のようなパーティーがこれからあるのでは、という意見が出た。私は、画の中央に可愛らしく描かれた金髪の女の子がこの絵の主役で、他の者は皆引き立て役であろうと思った。鏡に映るスペイン国王夫婦の向いている方向からして、この金髪の女の子は姫君なのではないかと私は思った。しかし、もしそうだとすると、タイトルとのアンマッチさに疑問が残ってしまう。そこで、この絵の人物の役割を考えてみた。まず、左にいるパレッドを持った男はベラスケス本人で、金髪の少女の両隣に居るのがタイトルにもある女官で、姫君に召し使っているのだと話し合った。そして、右に居る人々はなんだろうと考えたら、やはり姫君の引き立て役で、一人は容姿、一人は心の美しさの面でそれぞれ醜い子供を置くことで姫君の心身の美しさ、高貴さを引き出しているのではないかと思った。
次に、パンセの言葉について話し合った。皆の意見では、人は間違いであるということは屈辱で、プライドがあるので認めたくないものであるという解釈をしたが、私の意見は全く違っていた。
同じ物事を見ても、見る人によって違っていて、たとえそれが間違いであってもその人が見たものがその人にとっての正解なのだから、まぁいいじゃないか。という感じのことを言っているのだと思った。最後に4つめの項目について話し合って黒板に書き込んで発表するのがあった。これについてまず出たのが錯視だった。確かに、2つの線に長さの違いを感じても、それは間違いだと思った。私は、星が月よりも小さいというのがこれに当てはまるのではないかと意見した。地球から見ると、星は月よりもはるかに小さい。しかし、星が月よりもはるかに遠くに存在し、月よりも、地球よりも大きくて、太陽のように光を放つ存在であると知っている人からすると、星が小さいというのは間違いである。
今回も、貢献度は高いと思えた。前回より他の人がちゃんと発言してくれる人が多くて良かった。

知能情報工学科 魚住 尚輝

 今回は8班でした。留学生も含めて7人で話し合いました。今回の絵はまず貴族のようなものが書かれておりそしてこの絵は鏡に写ったものが描かれているといった結論に至りました。この絵の役割はまず書いている人が自分自身も書いていることでこういった貴族の屋敷でも自分は書いているんだといった自己主張が激しいといったまとめになりました。パンセの文章ではやっぱり自分が思っていることは正しいと思っていて他人に何を言われようが自分を信じるといった結果もし自分が思っていることが間違っていたらとりかえしのつかないことになるといった意味ではないのかなと思います。今回の話し合いでは結構話し合いに参加できたんではないかと思います。班長がよく司会進行を的確にしてくれてたのが良かったのではないかと思います。今度こういった機会があれば積極的に司会進行をしていきたいなと思っています。しかし今回の話し合いで少し留学生を置いて行った感があるので残念でした。

 

建設工学科加藤慎也  8班

 私は今回のパンセの授業で、この絵画は、子供たちが無邪気に遊んでいる絵画であるとおもった。
 それは、子供が複数人で部屋におり、どこか無邪気なイメージを持ったからである。私は今回のも前回の講義と同じで、自分の意見をまとめ、自分の意見をしっかりと話すことにした。
 私の今後の課題はしっかりと英語を勉強し、私は英語が一番苦手なので、しっかりと克服していきたいと思った。

保健学科 今滝大貴

 今回の講義でも前回のようにグループ分けをして1班だった。最初に自己紹介をして、将来の夢について話し合った。

 絵画を見ての印象は、登場している女の子は生気が無く、人形のようだという意見が出た。また先生が説明してた、画家が自分が描いている絵の中に登場しているのは不思議に思った。そして鏡に映っている国王夫婦の役割は、絵の対象となっている子供を画家の後から見守っているという意見が出た。

 パンセの文章については、ひとは自分が全てを見ることができないと理解していて、自分が見ている限定された空間は正しいものと認識しているので、ひとは間違ったと思いたがらないのだと思った。そして「感覚というものは、常に真である」ことから起きる間違いの例は"お酒"という意見でまとまった。理由は、お酒を飲んで自分は正気と思っていて、陽気になっていることに気付いてないことから間違ってしまうのだと思った。

機械工学科 後藤みなみ

 今回の授業では、前回と同じように、グループを作った。そして、今回の絵は、女の子がたくさんいて、パーティのようだという意見が出た。しかし、この部屋には犬がいたり、絵を描いている人がいたりして、パーティではないという印象を私は受けた。私は、鏡に映っている人たちが気になった。また、この絵のタイトルは「女官たち」であることから、召し使いの絵だと推測し話し合うことができた。私たちはこの真ん中の少女に周りの女の子たちが使えているという話し合いをした。
 右端にいる犬を蹴っている子供は男の子だということを留学生が教えてくれた。この時代では、女の人がズボンをはくことを禁止されていたということを話してくれた。
 パンセの文章は、自分のことを間違っていると認めると、自分自身を否定しているような気がしてしまうから、人は間違っているとは思いたがらないのではないだろうかと話し合った。
 そして、今回のグループの結論は、モノや物事を見る視点によって、違いがあるということにまとまった。
 この授業は、自分の考えを述べたり、留学生と関われたり、とても自分のためになったと思った。

保健学科 岩野史佳

今日は4班でディスカッションをした。今日はロサンゼルスからきた
留学生の方も一緒にした。
まず最初に絵画から浮かんでくる情景として暗い感じであるとか
犬が踏まれているなどといった意見がでた。
私的には、きれいなドレスとかもきているのでどこかにいく直前、
または何かの発表会の前のようにも感じた。
2番についてはセンターの女の子の周りにいる二人がメイドさんで
手前のほうにいる黒いドレスをきた人がメイドさんの取り締まるひとで
ちなみにセンターの女のこは国王夫人の娘だという意見がでた。
そして留学生の人はベラスケスが二人いるという意見を言ってくれた。
今日のまとめである4番についてはケンカという意見がでた。
自分の感覚が真である感じて、
相手も相手の感覚が真であると感じて自分と相手との食い違いがあると
ケンカがおこる。という意見だった。
今日のディスカッションは留学生の人もノリがよくてとても楽しかった。
夢についてもいろいろな人のことがきけてとても参考になった

電気電子工学科時谷哲郎

今回の講義は、先週と同じようにグループを分けて話し合いました。自分は7班でした。
まず絵画から浮かんでくる情景として、ヨーロッパで華やかな感じがする一方で何か暗い、影があるようなイメージもするという意見もありました。絵画に描かれている人の役割は、真ん中に描かれている女の子が一番偉く、大切にされており、その周囲にいる女性達などは世話係というように考えました。また右の女の子二人については真ん中の女の子の姉妹みたいだと留学生は言っていました。この時代では女性が縁の下の力持ちとして重要な存在であったと思いました。
パンセの文章は、人間は思っているほど立派なものではなく、足元ばかり見ているがゆえに自分の間違いを認めないと考えました。感覚が常に真であることから起こる間違いとは、人それぞれに感覚が違い、その違う感覚をそれぞれが正しいと思っているから生じることであり、班では触診による医者と患者の感覚の違いなどが意見として出されました。
来週が最後なので、より頑張りたいです。

電気電子 梶原航平

今回は6班だった。

この会がをみて思い浮かぶのは貴族社会です。

他の人の意見で右の女の子は身分が低いとわかり、格差社会を表しているのだとわかりました。

真ん中の女の子と右の女の子は同じ年頃なのにもう身分の違いがある。

そこからは悲しさが感じられる。

フェリベ夫婦の絵画はこの家の主がスペイン王室に関係のある家というのを表していると思う。

パンセの言葉…

自己否定をしたくないから間違いを認めれない。

自分は愛されていると思っていても、実際は嫌われているなどが間違いの例に挙げられる。

保健学科 山下登央

今回は講義は各グループに分れたあと絵画について話し合いました。私は4班で留学生はアメリカからきた女の人でした。まず、自己紹介したあとに自分の夢をそれぞれ語り合いました。

絵画についての印象は女の子がお人形さんみたいという意見が出ました。自分の意見は元気がないという意見でした。絵の人の役割については、娘、メイド、メイドの長などという意見が出ました。パンセの文章について、「ひとが、まちがっていると思いたがらない原因」については、人間は自分勝手であるという意見を出しました。

またパンセの「感覚というものは、常に真である」ことから起きる間違いの例としては"ケンカ"という意見でまとまりました。理由は相手の思いと自分思いとが食い違っていると勘違いが起きるからというものでした。

今回の講義はでは、楽しくトークを続けることができました。そこは非常によかったと思います。

保健学科  澤田茉衣子

今回の授業でも1枚の絵についてグループになって話し合った。私ははじめは先生の説明を聞いても、この絵が作者本人を描いているのか分からなかった。この絵画の題名は「べラスケスの女官たち」だった。この絵画から浮かんでくる情景はパーティーなのではないかという意見がたくさん出てきた。また、真ん中の白いドレスの女の子が主役ではないかという意見もあった。なので、その周りをかこんでいる人々は、その女の子の召使だろうという意見も思った。また、赤いドレスをきている子が犬を踏んでいるのもすこし気になった。パンセの文章については、人は間違っていると思いたがらないのは、それによって自分を否定しているという風にとらえるからではないか。人にはプライドや自信gあり、自分が正しいと思いたいからであると思う。次回の授業で最後なので、積極的に取り組みたいと思った。

保健学科 江口愛実 期末レポート

『パンセと絵画』という履修科目名みた時に、なにを学ぶんだろうと疑問に思っていた。いざ、授業を受けてみて、グループで話し合うというワークに驚いた。大学の授業は、90分ずっと先生の講義を聞くのがほとんどだったからだ。90分椅子に座って、ただ先生の話している内容をボーっと聞く授業とは違い、グループで話し合い、自分の意見を言い、考える授業なので、有意義な授業時間に思えた。
絵画やパンセについて、人と語り合い、また自分で深く考えることで、新たな観点やものの見方ができるようになった。また他の人の意見をきくことで、そういう考え方があるのか〜とか、そういう発想があるのか〜と感心する場面がたくさんあった。これから生きていく自分の生活にプラスになると思う。
先生の話では、大学生活にかんして考えさせられた。何気なく、普段生活していたけど、こうやって何事もなく大学に行けてるのは両親の愛情なのだと気付けた。分かってるようで、当たり前に思っていることが多いんだと改めて実感した。自分でバイトしてみてお金の大切さが分かって、より両親の有り難さが分かった。そんな大事なことに気付かせてくれた先生に本当に感謝している。
ペアラーニングでは、日本と外国の文化の違いや考え方の違いを感じた。留学生と関わるなかで、文化はその土地で育った人達や周りの人達の共同体である考えかたや感じ方を共有し、長い時間を経て形づくられ、具体化していくんじゃないかと思った。旅行にいったときや考え方の違いを感じたときには、拒否するのではなく、受け止めることが必要だと思う。
これからの人生にこの経験や意識を生かしていけるように、毎日一生懸命に自分のできる範囲のことを積極的にアプローチしていけたらと思う。

電気電子 中村剛士

今回の授業では、とても考えさせられる絵について、グループで話し合いました。今回の絵は、なんとなく分かりにくいような感じがしました。役割などが、あまりよくわからなかったなーと感じました。真ん中のこが、女王さんであるだろうと言うことになりました。僕も、たぶんそうだろうとおもいました。これは、パーティー前の準備をしているところなのかなぁと考えました。でも、それにしては、回りの人たちの表情が全然楽しそうではないので、パーティーではないのかなぁとも感じました。ほとんどのひとたちの表情は、無表情に近いような感じがしました。英語では、ポーカーフェイスと、アイルランドからの留学生の人がいっていました。役割としては、回りの人たちは、真ん中の女王さんのメイドさんと、お友だちなのかなぁと考えました。あと、左の人はお絵描きしていると感じました。この絵の印象としては、あまり楽しそうな感じではないと感じました。次の総括授業は、もっと難しい絵をみるのかなぁと、きんちょうしました。

保健学科  澤田茉衣子

今回の授業では1枚の絵についてグループになって話し合いをした。 今回の絵はピカソの絵でこの絵の印象はとても暗いものだと感じました。私たちの班では左側の男の人は医者なのではないかという意見とベットに横たわっている女の人の旦那ではないかという意見が有りました。男の人は女性の手首を握っているが、これは彼女の脈を測っているのではないだろうか。また、女性のそばに立っている女性はシスターなのではないかという意見もあった。この絵の場所が教会ではないかという意見があり、そこか考えるとそのような意見になった。この時代と今の時代の違いは医療器具の発達ではないかと思う。それのより今の時代を生きている人は長生きをすることができるようになったと 思う。パンセの文章は今回も内容の難しいものだった。the development of medicine gives happiness. But it also gives us some problem ,example guarrantee. So it do not led to khapiness of human being.今回の私たちの班では英語しか話すことができなかったので、とても苦労した。これからより英語で話していけたらいいと思いました。

保健学科 田中志保里

今回の授業ではベラスケスの「女官たち」について話し合った。真ん中にいる金髪っぽい女の子にみんなが服従しているような印象を受けた。右端にいる子供は女の子だと思っていたけど留学生に、この時代にズボンをはいている女の子はいないという話を聞いて、男の子だということが分かった。現在との時代に驚いた。人が間違っていると思いたがらない原因は、間違いを認めることはある程度の屈辱を伴うので自分を否定されているように感じるからだと発言した。同じような意見が多かった。感覚による間違いでは、錯覚などが挙げられた。今回のグループではあまり積極的に発言できなかったので次回はがんばりたい。

社会創生学科 荒木のぞみ

7月23日 2班

 この講義ではピカソのScience and Charityという絵画についてグループで話し合いました。

 絵画を見て、暗く深刻で希望がないような印象を受けました。現代の医療とこの絵画の違いについては、医療機器がないことしか私は思い浮かびませんでした。他の人の意見には、医者が白衣を着ていないこと、また清潔ではないような気がするというのもありました。パンセの文章の意味は、命は有限であり、無限なものから見ると有限なものは全て等しいのに、それを私たちは分かっていない。だから自分と他の人を比較したりして、長く生きられないとかそういうことに悩んでしまうのではないかと私は考えました。最後に、医療の発達が必ずしも理想の社会を創り出すとは限らないということの理由をみんなで考えました。The development of medicine has helped many people .But some people who have had Life-extending medical treatment are now bedridden. They are not happy.これが2班の考えです。この回の講義では人数が多かったので、積極的には話すことが出来なかったです。初めの方は1人ずつ意見を言っていたけれど、時間もなかったしテーマが少し難しかったので、最後の方は自分の意見を伝えれてなかったと思います。あまり貢献できなかったと思ったので、次からはどんどん発言していこうと思いました。

 

7月23日 4班

 この講義ではベラスケスの女官たちという絵画について話し合いました。

 絵画の印象は、初め私はパーティかなにかの絵画で、真ん中の女の子が1番明るいので主役のような感じで、楽しい雰囲気なのではないかと思いました。でも他の人の意見を聞くと、表情が固くて人形みたい、どこか寂しそうというもので、私と真逆な意見で少し驚きました。だけどよく見てみると納得できたし、その意見が正しいように思えてきました。パンセの文章の人が間違っていると思いたがらないのは、プライドがあったり、自分勝手が原因なのではないかという意見になりました。また、「感覚というものは、常に真である」ことから起こる間違いは、人は間違っていても間違っていると思いたがらず、常に自分が正しいと思っていて、相手も自分が正しいと思っている。そのため、自分と相手の間に感覚のくいちがいとかズレが生じる。例を挙げると喧嘩ではないか、となりました。

生物工学科 村上奈峰

今回の授業は2班でした。絵画はベラスケスの女官たちで、この絵画は見たことがあるなあと思いました。グループでの話し合いで、絵画にうつっている一人一人がどんな役割なのか話をしたが、あまりよく分からないままに終わってしまった。私が一番印象に残っているのは、一番右の女の子が犬を踏んでいることで、何か気に入らないことがあるのかと思った。パンセで、ひとが間違っていると思いたがらない原因はどこにあると考えているのだろうか?で、人は常に自分が正しいと思っているから間違いを認めたくないのだと思った。
次が最後の授業なので、真剣に取り組みたいと思った。

社会創生学科 荒木のぞみ 期末レポート

  昨日の夜送信したんですけど、エラーで送れてないと今メールが返ってきたので、レポート出すのが遅れてしまいました。
 私はこの「パンセと絵画」という講義で、多くのことを学んだと思います。

 まずは毎回グループトークをする前の大橋先生のお話は、とてもためになりました。特に、テストのためのその場しのぎの勉強や、ただ暗記するだけのものは勉強とは言えず、勉強は自分で進んで取り組もうという気持ちが必要で、そうでないと身に付かないし、何の意味もないという話が印象に残っています。今までは大橋先生が言う、勉強とは言えない勉強を続けてきたのだと初めて気付きました。確かに大学では高校までとは違って暗記力より考える力が必要なことが多いと感じるし、受け身ではなく自分から能動的に勉強しようとする気持ちも必要だと思います。だからこの大学の勉強こそが本当の勉強ではないのかなと思いました。このように大橋先生のお話では、普段あまり考えないような話が多く、改めて物事を考え直すことができました。

今まで絵画を見ても深く考えなかったし、その面白さがいまいち分かりませんでした。だから初めのころは絵画のプリントが配られてそれがよく分からない絵画だったら、すぐ見るのをやめてグループの人に意見を求めたりしていました。でも回を重ねるうちに、1つの絵画から作者の気持ちやその時代について、またその絵画が描かれた意味などが見えてくるような気がして、絵画を鑑賞することはおもしろいし、奥が深いと思えるようになりました。そのため、絵画を見てよく分からないと初めは感じても、それなりに何か考えてみようという気になりました。そして少しでも気付いたことを言うだけで話が発展していくこともあり、まずは考えることが大事だということ、そしてグループトークでは些細なことでもいいから、発言して自分の意見をみんなに伝えることが大切だと分かりました。また他の人の意見を聞くと、自分とは違った考えを持っていて、そういう見方もできるなと感じることがよくありました。特に後半からは留学生も参加していて、たまに日本人が考えないようなとてもユニークな考えが出たりして、とても面白かったです。このようにいろんな人の意見を聞くことで、様々な視点からの考え方が出来るようになったと思います。

私がとっている講義のなかではグループトークする講義はあまりなかったので、この講義は、自分の意見を相手に伝え、相手の意見を聞くという、コミュニケーション力をつけるための貴重な時間だったのではないかと思います。この講義で学んだことや身に付けたことを忘れず、今後の講義に積極的に取り組み、生かしていきたいと思ました。

保健学科 島田三由起 期末レポート

7月31日23時27分に送信しましたが、反映されていないため再送します。

「パンセと絵画」を受講して初めは知らない人と絵画について話し合うのが気恥ずかしく、少しいやだなあと思っていた。しかし、回を重ねるごとに新しい友達が増え、知らない人と絵画について話し合うことでいろいろな価値観に触れることもできた。大橋先生は勉強とは暗記ではなく実際にやってみることが勉強なのだとよくおっしゃっていました。たしかに、暗記ばかりでなく実践することはとても大事です。頭ではわかっていて、こうなるだろうと予測できても実際にやってみると思うように出来なかったり出来たとしても予想した結果と違う結果が出ることは多々あります。
また、グループの人たちと意見を出し合う中で人の意見を聞くことは大切だと感じました。せっかく自分の考えを話そうと思い話し始めてもこの絵はこういうことを描いていると学んだという人がそうではなくてこうなんですという場面がよくあった。絵画は一人一人感じることが違ってもいいのではないだろうか。人それぞれ絵画を楽しみ自分はこう感じたと発信できることが重要なのではないだろうかと感じた。
授業中キリスト教のお話を多く聞いたがどの話もキリスト教は素晴らしいといった風に話されていたのが印象的であった。宗教というのは難しいものでもっと中間者の意見からキリスト教について話されるべきだったと思う。日本人と西洋人では感じ方が異なるのは私たちの生まれた地、育った環境、親が違うため当たり前なのだが、どちらが優れているとか劣っているとか決めることはできないはずなのだ。そして優劣をつけずお互いの考えや意見を理解し認めることがグローバル化の一歩に繋がるのだとも思う。
授業の後半では留学生と交流することができた。西洋の人とは交流があるが、隣の国であるにもかかわらず中国のかたとの交流の機会は今まで一度もなかったのでとてもうれしかった。正直、私の中で中国の人へのイメージはあまりいいものではなかった。しかし実際に会話し、意見を交わしていると周りの意見をよく聞き一緒にまとめてくれるなどとても建設的で、協力的だった。このように交流することは大事だなと感じた。
医療に関してこの授業では批判的に見ることが多かった。将来医療人として生きようと思っている私には真摯に受け止めるべき大きな課題であった。ただ、一つ言えることは医療にかかわる人たちの医療の目的とは、よく生きることを支援することにあるということだ。医療を悪用しようとしている人は医療人ではなく、またその人が行っているのは医療ではないのだ。確かに医療とそうでないものは紙一重である。医療とは幸せになるための行為であるということ、幸せとは人間らしく生きることということを忘れてはいけないと感じた。

この授業で学んだことをこれからの人生に活かしていきたいと思う。

栄養学科 金村真友子

今回の絵画は対象と、それを描く自分も描いているという面白い絵だった。
8つの班に分かれて話し合った。私は4班で留学生はロサンゼルス出身の人だった。
この絵の印象は暗いとか、女の子が犬の上に足をのせていて、犬が怒っているといったものがあった。
ベラスケスが2人描かれているとしたら、ベラスケスはこの対象と自分の2つの時間の流れを1枚も絵で表現しているなとおもった。また、ベラスケスがいることでその時間が過去に本当にあったんだということが実感できるとおもった。国王夫婦が描かれているのは、娘を心配する気持ちが表現されているとおもった。
人が間違っていると思いたがらない原因はどこにあるのかという質問で、人間は自分勝手だという意見があった。自分が正しいとおもっている。たしかに自分の世界からしか周りのことは認識できない。間違っているといわれても、自分の世界を否定されたようなものなので、それを見直せと言われても、難しい。
感覚というものは常に真であるということから起きる間違いはという質問で、わたしは「喧嘩」ではないかと発言した。ある言葉をいわれたら、相手のその言葉に秘めたおもいと、それをうけとった側のことばの受け取り方に食い違いがあれば、言い合いになったりする。また相手の考えを聞き入れようとしても素直にならなければ難しい。相手の感覚と自分の感覚の食い違いで喧嘩に発展することがありうる。

機械工学科1年 田上 拳伍

期末レポート

 今までパンセと絵画という授業を受けてきていろいろなことを学んだ。
 まず、グループで話し合いをするという機会はめったにないので、とても良い経験になった。グループで話し合うときはリーダーを決めなければなかなか話が続かないことや、人それぞれ考え方が違うということなど、様々なことを学んだ。グループの人達に英語で表現しなければならないこともあり、いつも話していることを英語にするのはとても難しいことが分かったので、もっと英語力をつけたいと思った。
 また、グループで将来の夢や自分のやりたいことについて話をしたとき、自分の夢をしっかりと持っている人が何人かいて、とてもすごいと思った。私も一応夢はあるが、何か漠然としすぎているし、それが本当に自分のやりたいことなのか分からない。他の人の夢を聞いて良い刺激になったので、私も自分のはっきりした夢を考えようと思う。
 さらに、パンセと絵画では、留学生と交流をする機会もあった。私は今まで外国に行ったことがなく、外国の人と話をする機会はほとんどなかったのでこの授業で留学生とたくさん話すことができてよかった。留学生の人と話して思ったことは、留学生の人はとても日本語が上手だということだ。日本語は他の国の言葉に比べて難しいと聞くので、とても勉強しているはずだ。しかし実際に聞いてみると、3年前くらいから日本語を勉強しているらしかった。私は中学から英語を勉強しているので6年以上は英語を勉強しているが、全然上手く話せないので、留学生の人達はとてもすごいと思う。
 最後に、本題の絵画とパンセの文章についてだが、全体的に見て絵画もパンセの文章も深い意味が込められていることが多かった。その意味を考えるのはとても難しく、1人では絶対に分からなかったが、グループで話し合って他の人の意見を聞くと、とても納得できた。しかし、やはり深い意味を考えようとすると意見が分かれることが多かった。私は、その意味に答えなどないのでどの意見も正解だと思った。
 私は、このパンセと絵画という授業を受けてよかったと思う。この経験を活かしてこれからも勉強を頑張ろうと思う。

建設工学科柴山紘輝期末レポート

私はこの講義を受けるまでは、絵画は作者の描きたいものを描いたもので、絵画自体にメッセージ性はあまりないと思っていた。しかし、絵画の表現力を感じることができた。
また、絵画だけでなくパンセの文章を通じて、人の深層心理や人の在り方なども考えることができた。

講義を受け始めた時は、知らない人とのグループワークが少し苦痛に感じ、話し合いも真剣に取り組むことができなかった。しかし、講義の回数を消費するにつれて、人の意見を聞き、他人の視点に立つ努力をすることの面白さにだんだんと気付くことができた。


また、毎回の講義で様々な絵画の複数人の意見を聞き自分の価値観を見出すこともできた。
最後にそれを紹介して終える。
「人は常に自分が正しいと思うものであり、自分の視点で物事の判断を行うので、醜い。しかし、人には言葉と考える頭脳があるため、時に人の意見に耳を傾け、時に自分が正しいのかと自問自答し、答えのない問題に立ち向かうことができるから醜いともいえない」

2012年7月31日火曜日

保健学科 一年 森田里佳  期末レポート

この授業では毎回絵画を見て、またパンセの文章を読んで意見交換を行った。パンセの文章を易しい言葉で表せということは、私にとって難題であった。まず意味を理解し、次に自分の解釈を言葉にして表す。パンセの言葉をそのまま用いるのではうまく伝わらず、自分の言葉で表そうにも言葉に詰まった。このように語彙力の問題にも直面した。誤解は生じなかったが、稀ではあるがたまに同じものを見て理解しているはずであるのに、解釈が異なるということもあった。他人の意見を聞き、納得したり反論したりグループによってまた違った結論になることに面白さを感じた。また、日本の絵画と西洋の絵画を比較する機会ともなり、日本の"空間"の美しさや色づかいなどの違いも見て取れた。日本のものに対し安堵するような感情をもった。パンセの文章で何度か言いたいことがわかるような気がして、納得したこともある。

授業とは少し関係ないが、課外授業で参加したおかさんのピアーラーニングがとても印象に残っている。初めて参加した時は、誰もが英語で会話をしていてなかなか自分の意見を言えなかったが、何度か参加するうちに間違えながら、また単語だけの英語であっても自分から発することができるようになったと感じた。同じ大学内にいるものの交流を持たない他学部の人の生活について聞いたり、他愛もない話を英語でしたりと楽しかった。英語で表すことに苦手を感じたが、詰まりながらも頑張ったと思う。日本の昔話を英語で表現することには戸惑った。中国やモンゴル、アイルランドと多くの人と話し合える機会は今後ないのではないだろうか。

この授業の目的とは異なるかもしれないが、他学部の人との日常生活の意見交換はとても有意義なものだった。部活やサークル、授業、バイト、地元など多くのことを話し盛り上がった。友人や知り合いも増え、大学内ですれ違った時に声をかけたり、会釈したりと多くの人との交流ができた。これからの大学生活の中での目標は、まず自分が何をすべきなのかを考えることだ。有効に時間を使いたいと思う。最後の市民講座では、海外に行って井戸を掘るなど社会に貢献している話をきいて、正直にすごいな。と思った。医療従事者を目指す一人として、自分の進みたい方向を探したいと思う。

 

保健学科 島田三由起



6月25日の授業では9班になりました。今まで同じ班になったことのある人たちばかりだったので、みんなでリラックスして意見を沢山出すことができたと思います。今回の絵画は何を描こうとしているのか他のメンバーと話していると同性愛をテーマとしているのではないだろうかという話になった。パンせの文章のところでは反対にそういうふうに(同性愛だというふうに)考えて絵画を見てしまうとそうとしかとれないぞと言われているのではないかと感じた。

7月2日の授業では前と同じグループで水墨画の鑑賞をした。この日は留学生のガブリエラさんを誘い、班に来てもらった。自己紹介と将来の夢を日本語と英語で話した。空白が多く、漫画だとダメ出しされるレベルだ、これは松の木 だね、霧ががっているみたいだなどさまざまな意見が出た。わびさびをガブリエラさんに伝えたかったがうまく伝えられなかった。今回はみんなが一生懸命ガブリエラさんに伝わるように英語で話すことができたのでよかったと思う。少し内容が難しかったのでガブリエラさんの国の話を沢山きいた。話がずれてしまったのは反省点だが、会話が途切れなかったことはよかったと思う。

23日の授業では私は4班で中国からの留学生のヨウエンさん(?)と同じグループでした。今回の絵画は小さな子供を残し死んでしまうお母さんを医者と修道女(シスター)が看取るシーンだということでグループの意見は一致しました。また、絵画は暗く描かれているところもありましたがドアから光が射していてなんとなく 明るい雰囲気も感じ取ることができました。宮田さんのお話によるとキリスト教での死は神のもとへ行く行為であり悲しいことではないのだそうだ。そのためここでは希望が描かれていたのだ。パンセの言葉では医療が発達しても幸せになれないとすればそれはなぜなのかと問われた。私たちの班ではどれだけ医療が発達したとしても医療の他にかけている物があればそれは人の幸せを害するという考えでまとまった。他の班では医療が本来の目的でないものに悪用されたり、長生きすることが必ずしも幸せとは限らないからという意見も出た。


社会創生学科 大谷陽夏 期末レポート

この講義を受けて学んだこと、それは他人の意見を聞くことで自分の考えの視野が広がるということです。パンセと絵画という講義では、何人かでグループを作ってお題の絵画とパンセの言葉について討論しました。初めて会った人と討論する機会が今までなかった」ので、初めのうちはなかなか上手く討論することができませんでした。けれど、何回か回を重ねていくうちにだんだんと討論の進め方もわかってきて徐々に他人と討論するということに慣れてきました。グループの中には私と同じように女の子もいましたが、男の子も当然いました。そして、私と同じ年の人もいれば上級生もいたり、さらに社会人の方がいらっしゃる場合もありました。そのような環境の中で討論を進めていくうちに、男女の間と年齢の間で考え方に違いがあることに気づきました。私が言った考えは女特有のものであるときもあるし、また逆に男の子が言った意見が男の子特有のものであるときもあったといえます。そんな意見が飛び交ったときに、やっぱり女と男はそれぞれ物事にたいする物の見方・角度が違うんだな、と思いました。そして、社会人の方と意見を交えるときにも同じような考え方の違いがありました。私は何度か社会人として参加している宮田さんと喋りあったことがあります。宮田さんは私の何倍もの時間を生きてきています。そうするとやはりそれなりに経験と積んできているわけで、まだ20年ほどしか生きてきてない私たちには考えられないような意見を出して聞かせてくれることがありました。宮田さんは西洋のこともよく知っていて、私たちがいくら話し合ってもでてこないような知識を出して討論を円滑に進めてくれました。そのような話を聞いているうちに、知らなかった知識もいっぱい知ることができて、私も物事に対する考え方の幅を広げることができました。
これは逆のこともいえると思います。私の意見が誰か他の人の考え方の幅を少なくてもちょっとは広げていると思います。私も他の人の意見を聞くことで自分の視野を広げることができてよかったです。こうなったのも、他の人の意見を聞けるような環境をつくってくれたこの講義のおかげだと思います。

栄養学科 相原知佳

イングリッシュカフェ
今日は2回目のイングリッシュカフェに参加した。6人で話をしていて、仙台出身で英語が留学生と一緒ぐらい喋れていた人がいて尊敬した。私は今回も自己紹介に苦しんだが、1回目よりは英語を聞き取ることもできたし、伝えることもできた。みんなでメガネのかけあいをしたのが楽しかった。留学生の子は私よりも年下にもかかわらずしっかりしていてすごいなあっと思った。

生物工学科 井出紗奈江 3班

  パンセと絵画の最後の授業では、ベラスケスの女官たちについて話し合いました。私の班は3班で、中国からの留学生と一緒でした。まず、絵画から浮かんでくる情景としては、昔のヨーロッパを描いており、真ん中のひときわ明るく描かれている女の子が主役で周りの4人の女の人達が女官ではないか、ということになりました。また、右下の女の子が犬を蹴っているのは、女の子=貴族で犬=貧しい市民を表していて、世の中の貧富の差を表現しているのではないか、という意見もでました。私は後ろにシスターがいるので、教会かな、とも思いました。この話題については留学生も含めてかなり活発に意見交換出来たと思います。
  次にパンセについて話し合いましたが、3番については、少し抽象的な答えとなりました。具体的にはまとまっていませんが、例えばペンなどをりんごだとは思えないこの感覚だろうということになりました。このことを留学生に伝えるのにとても苦戦しました。4番も例に例えたまとまり方で終わりました。
  今回の授業で終わりになりますが、これからもこの授業で学んだことを生かしていきたいです。

知能情報工学科 芳野直幸

期末レポート
この授業を受けていて疑問に思ったのだが、なぜ討論を英語で話す必要があったのだろうか。
国際化という名目に基づいてのことなのだろうが、英語を話すことがなぜ国際化になるのだろうか。
留学生のことを知るためなら日本語ででも十分だ、そもそも留学生は英語圏以外のところから来ている人もいる。
もし英語で話し合いたいのであれば英語の授業で話し合えば良いのである。
この授業では国際化ということについて考える契機となった。
外国人と交流をするためには相手が相手の国のことを日本人におしてくれるように、日本人も日本のことを外国人にたくさん教えれるように自国のことを学ぶ。
それが国際化への第一歩だと思いました。
実際留学生の中にも日本のアニメや漫画が好きで日本に来てくれた人もいたので、友好的な方法だと思います。
絵画を鑑賞する上でグループ討論と言う形をとったのは良かったと思います。
能動的に活動するようになり、他人の意見を聴くことができるので自分にはないものがわかるようになりました。
あと自分から意見を出すことの難しさと大切さは本当に身に染みました。
ただグループのメンバーはほとんどいままでに芸術というものに触れたこともないような人であり、自分のようにこの絵画は誰がどこの風景をいつ描いたかということを知っている人にとっては、意見を出しにくかったです。
課外活動で一番興味深かったのは、株式会社いろどりによるはっぱビジネスの話だった。
はっぱを売るという一見単純にも見える作業から年商何億もかせいだり、その作業をしているのがお爺ちゃんお婆ちゃんだったり、そのはっぱビジネスによって若い人を村に呼び込みそこから徳島の活性化をめざすなど目新しい事がいっぱいだった。
自分は将来会社を立ち上げるのが夢なので、とても参考になった。
ちなみにそのはっぱビジネスの話は映画化もされているらしい。
ここでは他人が目をつけていないものに目をつけるということを学んだ、これは情報化社会にとってはとても必要なことだろう。

保健学科 越川莉帆 期末レポート

 私がこの「パンセと絵画」の授業で学んだのは、絵画についての知識がなくても、想像力を働かせ、みんなで話し合うことで、その絵画について理解することができるし、楽しむこともできることである。その絵画についての解釈が間違っていたとしても、大切なのは考える過程であり、考えたことを他人に伝えて話し合うことが重要なのだと学んだ。私は他人に自分の意見を言うのが苦手で、初めのほうはあまり発言できなかったが、大橋先生のお話を聴いているうちに、このままではだめだ、と思い、だんだんと発言できるようになった。この授業を受ける以前よりは、コミュニケーション能力が身についたと思うので、それは大きな収穫だと思う。

 この授業では、主にグループディスカッションを行ったが、いろいろな学部学科の人と関わることができて、いろいろな視点からの考え方を知ることができた。絵画についての印象や、パンセの言葉の意味なども、人によって感じ方が違っていて、おもしろいと思った。みんなで意見を出し合って話し合うことにより、柔軟な考え方が身についた。

 また、この授業では英語を使う機会が多くあった。初めの授業で、英語で自己紹介するように言われたとき、何も言葉が出なかった。普段、書くための英語しか学んでいないので、話すのはこんなに難しいのかと驚いた。課外活動にも参加し、留学生と話す機会があったので、だんだんと英語に慣れることができた。パンセのことばを英語でまとめることも、回を重ねるごとに慣れていって、最後のほうの授業では、みんなの話し合いも効率よく進められるようになった。

 この授業を通して、コミュニケーション能力が身についたし、考えることの大切さを学んだ。間違いを恐れず、自ら学ぼうとする姿勢こそが大切なのだ、と感じた。この授業で学んだことは、ほかの授業でも使えることだと思うので、今後の授業や大学生活にも活用し、学ぶ姿勢を大切にしていきたいと思う。

人間文化学科 伊藤春奈 期末レポート

この授業で学んだことの一つは、絵画からさまざまなことが分かるということである。この授業を受けるまで、真剣に絵画について考えることがほとんどなかった。その絵画が描かれた時代背景や作者の生い立ちなどを踏まえて絵画を鑑賞することにより、ただ綺麗な絵だと思うだけでなく、その絵から当時の人々の生活などを見て取ることが出来る。また、作者がその絵で私たちに何を伝えようとしているのかを考えることにより、また違った見方が出来ることも分かった。また、日本の絵画と外国の絵画を比べてみると、使われている画材や技法、モチーフなどの違いから、日本と他国の文化の違いを見て取ることが出来る。日本の絵画は線画はっきりしていて、外国の絵は色使いが大胆で抽象的なものが結構あることが印象的だった。

 次に、複数人のグループでの話し合いにより、コミュニケーション能力の大切さを学んだ。初めは初対面の人と話すということで緊張したが、同じ絵画について話し合うのは楽しかった。自分とは異なる意見を持つ人の意見を聞くことで、自分では気づかなかったことに気付くことが出来た。学部や学科が違う人からそれぞれの学んでいる分野からの視点での意見を聞くことはとても参考になったように思う。また、留学生の方々と話す機会もあり、また私たちとは異なる視点からの意見も聞けて良かった。いかに外国の方にもわかりやすいように話すか工夫することも良い経験になった。また、先生の話や英語で印象やその日の話し合いの感想を言い合うことや課外授業に参加して留学生と英語で話すことにより、英語を使う能力を身に着けることの大切さを知った。文法などを理解するだけでなく、実際に話す能力を身に着けることが必要であると思った。また、パンセの文章は私には難しく、理解できないことが多かったが、人の意見を聞くことにより少しは理解することが出来たように思う。

 この授業では、様々なことに興味を持ち、学ぶことが大切であることを学んだ。今後も美術館に行ったりしてたくさんの絵画を鑑賞したい。また、外国の方と交流し、積極的に英語を使うようにしたい。

人間文化学科 伊藤春奈

今回の絵はベラスケスの『女官たち』だった。

 この絵画から浮かんでくる情景は、みんな綺麗な恰好をしているため、最初はパーティーなのではないかという意見が出た。しかし、この絵はあまり明るい雰囲気ではなく、楽しそうな様子には見えないという意見も出た。また、真ん中の女の子だけが全身に光が当たっているのが気になった。この子がこの絵の主役なのではないかという意見が出た。この絵に描かれている人物の役割は、真ん中の女の子が王女でその周りにいる人が女官なのではないかと思った。調べてみると、白いドレスを着た真ん中の女の子がマルガリータ王女で周りにいる4人が女官であることが分かった。また、この絵は国王夫婦の視点で描かれため、国王夫婦の娘である真ん中の女の子に注目が集まっているように描かれたのではないかと思った。

 パンセの文章について、ひとがまちがっていると思いたがらない原因は、人は自分の感覚を信じており、間違っているとすることは自分の感覚を否定することになるからだと考えた。また、「感覚というものは、常に真である」ことから起こる間違いの例として、宗教が挙げられる。信じている宗教が違えば、正しいとするものも違うからである。

 今回の絵は絵に中に画家本人が描かれているという変わったものであった。ベラスケスが描いているものを遠くに配置することにより、普通とは違った視点から様子を見ることを可能にしているのではないかと思った。

機械工学科 本多智貴

 今回は講座では3班で話し合いました。今回の絵画は、ベラスケスの「女官たち」という絵画でした。この絵画の印象としては、真ん中の金髪の女の子が一番偉い子で、周りの子は女官だと思った。班の人の意見としては、右のほうの女の子二人は真ん中の子との、貧富の差を象徴するものだという意見もあったりした。女の子が犬を踏みつけていることはそれに対する嫉妬からくるものではないかという意見も出た。

 パンセの文章においては、「人が、まちがっていると思いたがらない原因は」という質問に対しては、人は自分の意見が否定されることを嫌い、また、それによって恥をかくことになるからであるのではないかという意見がまとまった。『「感覚というものは、常に真である」ことから起こる間違い』については、代表的なものは勘違いであるという意見でまとっまた。

機械工学科 本多智貴 期末レポート

 この「パンセと絵画」という講義を受けて、様々なことを考え、そこから多くのことを学べたと思います。

 大橋先生がいつも話していたことには、勉学は自分から取り組むもので、そうすることが一番自分にとっていい結果となること。いままでの高校までの勉強というのは、先生からの課題を取り組んでいれさえいれば、何の問題もおこらなかったが、大学生は社会人に最も近い存在であり、言われたことだけをやるという姿勢が間違っているということでした。大人として求められていることは、言われたこと以上のものを実践する人材と何事にもしっかりとした考えを述べることができる人材であることだと思う。僕も知っているだけや、感じているというだけでこれらのことを実際には行動に移してこなかった。これからはしっかりと自分から取り組んでいける人になっていきたいと思った。

 絵画とパンセの文章においては、自分が感じた印象と他人が受けた印象というのには、似ていてもまったく同じというようなものはなっかたと思う。共感する点もあれば、まったく違う印象を受けていたりする。それは、きっと、話し手と聞き手の考え方からくるすれ違いのようなものであると思うが、こんなにも自分の考えを言葉にするのが難しいとは思わなかった。さらに、それを相手にうまく伝えていこうとすることも、より一層難しいものであった。この講座では、男女問わず、多くの人と絵画やパンセの文章でコミュニケーションをとれたと思う。人それぞれに考え方があり、それを聞いていて面白いと感じることや、感心することが多々あった。さらに、この講座においては、英語で授業の感想であったり、まとめをすることがあって、英語はそんなに得意ではない僕にとっては、なかなかうまくいかないと思った点がいくつもありはしたが、英語は使ってこそ伸びるものであると思うので、こういう機会があったことは、よかったと思う。そんな中でも、留学生とグループトークをする時があり、片言でありながらも、留学生もしっかりと聞いてくれようとする感じがあって、ちょっとした交流ができたことはうれしかった。

 この講座では、様々なことを学べた気がするし、いい経験になったと思う。これからは、この講座で学んだことを生かしていきたいと思います。

保健学科看護学専攻 片山舞子

期末レポート
この授業は、いくつかのグループに分かれて行うグループ学習が主でした。毎回の授
業の前半に先生からのお話があります。その中で先生がよく言っていたことは、�す
べてのことは自分から積極的に取り組まなければならないということ�人間として生
きていくために本当に必要なのは、自分の専門分野だけでなく一般教養も学習しなけ
ればならないということでした。私はこれまで授業は受け身という感じでしたが、こ
の授業は受け身では成り立たない授業形式でした。正直、初めはこの授業の形式にめ
んどうさいなぁと感じていたし、初対面の人と話すのは少し抵抗がありました。しか
し、回数を重ねていくうちに同じグループになったことのある人とまた同じグループ
になったり、授業の形式に慣れたりして、この授業が面白いと思えるようになりまし
た。 また、この授業は一般教養でさまざまな学部学科の人たちと話すことができる
ので今まで自分の中になかった考えが生まれたり、新たな知識がついたりして、自分
の視野を広げることができました。さらに、課外活動に参加したことも視野を広げる
いい機会になったと思います。特に絵画に興味があったわけではありませんが、この
授業で絵画に関するさまざまな知識を得ることもできました。しかし、英語で話して
みようという問題だけは最後までまったくできませんでした。今まで英語はテストで
よい点を取ればいいとばかり思っていましたが、そればかりではないということを改
めて思い知らされました。やっぱり話せて、コミュニケーションがとれなければ意味
はないと思いました。私は今、看護学を学んでいるので将来は看護職に就くと思いま
す。そうなった場合、病院に来る患者さんは日本人だけとは限りませんし、これから
の社会においては英語が話せたほうが絶対に有利だと思います。これを機にもっと英
語力をつけようと思いました。最後に、この授業を受講したことで以前よりもコミュ
ニケーション力がつき、物事に積極的になったと思います。この授業で学んだことを
今後の大学生活に生かしていきたいと思います。

知能情報工学科 芳野直幸

今回は1班でベラスケスの「女官たち」についてグループで話し合った。
第一印象:どこかの王宮の風景にも見えるが、登場人物はどこか不自然というか作りもののように感じた。
ベラスケスが何を描いているのかわからない。全体的に暗い感じがする。
話し合った:まず画面右下から5人ほど女性がいるがそれらは王女たちではないかと言う意見が出たが、自分はこの中央にいる女の子が王女で、周りにいるのはおそらくタイトルにも出ていた「女官たち」ではないかと思う。実際王女と見られる女の子の左にいるドレスを来た女性は王女に飲み物かなにかを差し出している。
あとこの絵の作者であるベラスケスは絵のなかでもまた別の絵を描いているが何を描いているのかという疑問がでた。
国王を描いているだとか、王女を描いているだとか意見はいろいろでた。
[パンセ]「感覚というものは、常に真である」ということから起きる間違いを分かり易い例で例えてみた:
飲酒運転によって狂っている感覚をも人は正しいと思い込んでしまう、そこから事故という大きな間違いを犯す。
以上が1班のまとめです。

保健学科・片瀬智也 期末レポート

この講義を通じて、たくさんの絵画を見たり、様々な人とコミュニケーションしたりほかの講義では学ぶことのできない貴重な経験ができた。
自分は人見知りでコミュニケーションが苦手で英語も苦手なのでいい機会だと思って講義に臨むことができた。
英語の得意不得意は、読み書きの能力ではなく実際に話してみて相手に伝わるかどうかであると言われ、英語への考え方が変わり向き合うことができた。
講義の途中からは、留学生が加わってくれたおかげでより一層英語にかかわる機会が増え、相手に首を傾げられたりして今の言い方だとおかしいのかなと思ったり、聞いてみてこうやって表現すればいいのかと気づいたり自分を高められたと思った。
また、講義では絵画のディスカッションが主で毎回グループを作っていたが、初めのころは少人数で話しやすかったがだんだん人数を増やしていき6人くらいになってきたときには自分の意見が言いづらくなった。
少人数だと自分も意見を言わなければグループ内の雰囲気がよくならないが、大人数ならだれかしら発言してくれればそれにつながって誰かが言ってくれるだろうと思ってしまい消極的になってしまった。
さらに、自分の意見と全く違う意見を誰かに言われると自分の意見を言いにくくなってしまったりしていたので改善しようと努力し、後半は自分の意見が言えていたのでよかった。
講義の冒頭で大橋先生が話すこともためになることが多くなかでも、やらされている勉強は身につかないという言葉が印象に残った。
自分は今までどちらかというと高校の先生や中学の先生にやらされてきたという感じで過ごしてきていたので勉強をやっていても一時的な暗記にしかすぎず、知識が定着していなかった。
大学に入ってもいまいちやる気がおきず、講義をボーっと聞くことが多かったが、この話を聞いて自分のために勉強をする大切さに気づき、勉強のとらえ方が変わりいい方向に向かったと思う。
課外授業では宮田さんの市民講座に参加させてもらいキリスト教について学んだ。
講座では宮田さんにわからなかった部分を質問したりしてより深い部分まで学ぶことができたし、キリスト教の知らなかった部分や知っていた部分の答え合わせになり、とてもためになり参加してよかったと思える講座だった。
講義全体を通して積極的に自分で働きかけることの大切さを学ぶことができたので今後の大学生活では学んだことを生かしていろんな人とコミュニケーションをとっていきたいと思った。
一番成長したと思える部分は大学生活を充実しておくれる前向きな考え方を手に入れることができたので今が楽しいとおもえるようになりパンセと絵画を受講してよかった。
来年の部活の後輩にもぜひパンセと絵画の受講を勧めたいと思う。

保健学科 片瀬智也

今回の授業もグループ分けをし、私は2班で留 学生を含む9人だった。 今回の題材はピカソの絵画で医療に関する絵画 だと思った。 いしとおもわれる人物がベッドで横たわってい る人の脈をはかっている状況で楽しい雰囲気で はないと感じられた。班員も同じ意見の人が多 くそうなのだと確信したが、宮田さんがこれは 未来の子供に希望をもたせる明るい絵画だと教 えてくれて驚いた。 現代医療との比較についても話し合った。 医療器具の有無の意見が最も多く、時代の推移 で医療が進化してきたことを示していると思っ た。 最後に英語で意見をまとめ、The development of medicine has helped many people. But, some people who have had Life-extending medical treatment are now bedridden. They are not happy.になった。 今回は留学生と積極的にはなせてよかった。

保健学科 片瀬智也

この講義を通じて、たくさんの絵画を見たり、 様々な人とコミュニケーションしたりほかの講 義では学ぶことのできない貴重な経験ができ た。 自分は人見知りでコミュニケーションが苦手で 英語も苦手なのでいい機会だと思って講義に臨 むことができた。 英語の得意不得意は、読み書きの能力ではなく 実際に話してみて相手に伝わるかどうかである と言われ、英語への考え方が変わり向き合うこ とができた。 講義の途中からは、留学生が加わってくれたお かげでより一層英語にかかわる機会が増え、相 手に首を傾げられたりして今の言い方だとおか しいのかなと思ったり、聞いてみてこうやって 表現すればいいのかと気づいたり自分を高めら れたと思った。 また、講義では絵画のディスカッションが主で 毎回グループを作っていたが、初めのころは少 人数で話しやすかったがだんだん人数を増やし ていき6人くらいになってきたときには自分の
意見が言いづらくなった。 少人数だと自分も意見を言わなければグループ 内の雰囲気がよくならないが、大人数ならだれ かしら発言してくれればそれにつながって誰か が言ってくれるだろうと思ってしまい消極的に
なってしまった。 さらに、自分の意見と全く違う意見を誰かに言 われると自分の意見を言いにくくなってしまっ たりしていたので改善しようと努力し、後半は 自分の意見が言えていたのでよかった。 講義の冒頭で大橋先生が話すこともためになる ことが多くなかでも、やらされている勉強は身 につかないという言葉が印象に残った。 自分は今までどちらかというと高校の先生や中 学の先生にやらされてきたという感じで過ごし てきていたので勉強をやっていても一時的な暗 記にしかすぎず、知識が定着していなかった。 大学に入ってもいまいちやる気がおきず、講義 をボーっと聞くことが多かったが、この話を聞 いて自分のために勉強をする大切さに気づき、 勉強のとらえ方が変わりいい方向に向かったと 思う。 課外授業では宮田さんの市民講座に参加させて もらいキリスト教について学んだ。 講座では宮田さんにわからなかった部分を質問 し
たりしてより深い部分まで学ぶことができた し、キリスト教の知らなかった部分や知ってい た部分の答え合わせになり、とてもためになり 参加してよかったと思える講座だった。 講義全体を通して積極的に自分で働きかけるこ
との大切さを学ぶことができたので今後の大学 生活では学んだことを生かしていろんな人とコ ミュニケーションをとっていきたいと思った。 一番成長したと思える部分は大学生活を充実し ておくれる前向きな考え方を手に入れることが できたので今が楽しいとおもえるようになりパ ンセと絵画を受講してよかった。 来年の部活の後輩にもぜひパンセと絵画の受講 を勧めたいと思う。

機械工学科 加藤拓生

期末レポート
講義を通して学んだこと

先生の話から学んだこと
先生は「勉強するとはどういうことか?」ということについて、よく話していた。大学での勉強は、今までのように正解のある問題の解法を身につけるのではなく、正解のない問題を分析し、自分なりの答えを見つけることなのだと言っていた。大学生は自分から学ぼうという姿勢でいなければならない。自分もレポート課題などを通して、それがよく分かった。
大学での勉強についてよく分かったことがもう一つある。それは、ある問題の答えを見つけるためにその問題を徹底的に分析しようとするなら、自分はその問題に関心を持っていなければならない、ということだ。関心がなければ問題について調べる意欲も湧いてこない。つまり、学ぼうという姿勢でいられないのだ。自分もいずれは何かの研究をすると思うので、その時までに自分はどんな研究をしたいのか知っておきたい。

ディスカッションから学んだこと
毎回のディスカッションを通して、コミュニケーション能力の大切さを知った。なぜなら、とにかく話さなければ議論が前に進まないからである。
効率よく議論を進めるために、班をまとめるリーダーが必要だったが、自分も含め班にリーダーをしたがる人はいなかった。自分には班全体をまとめ、誰もが発言しやすい雰囲気を作ることが出来るだけのコミュニケーション能力がある、という自身が無かったからである。おそらく他の人の理由もこのようなものであったと思う。
今は、引き受けてみればよかったと思う。なぜなら、班のリーダー役を通してコミュニケーション能力を高められたなら、もっと色々な人と接することが出来るようになっていたと思うし、それは一生役に立つ能力だからである。
これからはもっと沢山の人と接し、グループのまとめ役なども出来るだけ引き受けて、自分のコミュニケーション能力を高めていきたいと思う。そしていずれは外国人とも上手く話せるようになりたい。それには外国語が上手く話せなければならないので、英語をはじめとする外国語の習得を目指して、頑張って勉強しようと思う。

知能情報工学科 井上 順

今回の講義では7班で、ベラスケスの「女官たち」という絵画を鑑賞しました。絵画から浮かんでくる情景は華やかなイメージだと僕は思いました。しかし、他の人の意見には華やかなイメージなのは表面だけで、暗い一面もあるというのがありました。絵画に書かれている人物の役割として、真ん中に描かれている女の子が一番偉い人で、周りにいる女の人たちは女の子をお世話する人だと思いました。この頃の時代は男尊女卑ではなく、女性の力が強くいわゆる縁の下の力持ちだと思いました。この絵画は色の明暗を利用して遠近法がうまく使われていると思います。絵の奥に映る作者と思われる人物がこっちを暗そうな表情で見ているのが印象的でした。パンセの文章で、人間というのは傲慢であり怠慢 であり、足元ばかりみているので自分の間違いを認めないのだと思います。感覚から常に真であることから起こる間違いとして、触診による医者と患者の感覚の違いなどがあげられます。

保健学科 山本莉菜 期末レポート

これまでの講義を通して、様々なことを学ぶことができた。
 まず、絵画を深く鑑賞することの楽しさだ。今まで絵画を鑑賞する機会はあったが、友達と自分の意見を言い合うことはなかった。そのため初めは思ったことを伝えることが難しかった。しかし、他人の感想を聞くことで違った絵画の見方を発見することができた。そのことによって絵画の印象までもが変化し、とても驚かされた。できる限り自分も思ったことを伝えるべきだと思った。そうすることで視野が広がっていくような気がした。
 次に、コミュニケーションの大切さについて。この講義は他人との交流を重視しており、自分の意見を伝える機会が多かった。自分から話さなければ相手に伝わらないし、相手も同じように話さなければならない。お互いが話すことで会話がスムーズに行え、そういったことができた日の講義はすごく充実していると感じることができた。上手く伝えることだけが重要なのではなく、話すことが大切だと思った。
 最後に他国の言語を学ぶことについて。授業の最後には英語で意見を伝えあう機会があった。自分が英語を話すことが恥ずかしく、なかなか積極的に話すことができなかった。しかし、簡単な英語でもいいから伝えることように努力した。私は、課外活動で英語に関するものに多く参加していた。そんなときに社会人の方たちとも出会い、彼らは積極的にこの場に参加しているのだと知り、すごいと思った。自分から英語に触れようと思うことはあるが、なかなか行動にはうつせないことが多かった。しかし、そういった場でネイティブの人と話せたり、英語で話したりすることで多文化について学ぶことができた。今回はアイルランドの留学生とよく話した。日本とアイルランドの違いを知ることができたし、その会話の中で日本らしさまでをも見つけることができた。多言語を話すことは、その国の文化を学ぶ良いきっかけとなると感じた。
 この授業を受けることができて良かったと思う。今まで気づかなかった様々なことに気づく機会となった。

保健学科 棚倉那央子

今回私は1班で話し合いました。
初めは先生の説明を聞いても、なぜこの絵に作者自身を描いているのかよくわかりませんでした。この意見として、自分のことが好きなのだから、自分というものに存在感を出しかったのではないかという意見がありました。わたしもそのような気がしました。また、国王夫婦が鏡にうつっているけれど、一体どこにいるのかという話し合いにもなりました。初めは、もしかして存在していないのではないかという意見などが出ましたが、画家の後ろにいるから鏡にうつっている夫婦しか描く事ができないのだという結論に至りました。役割として、女の子達は国王夫婦の娘達で、後ろいるのは娘達の乳母達であり、国王夫婦は少し離れたところで娘達を見守っているように思いました。しかし、ドアを あけている男の人は一体誰なのか検討がつきませんでした。なぜあの男の人をあえてこの画家は描いているのかとても不思議でした。今回の絵は本当に謎がたくさんある絵でした。
そして、人が間違っていると思いたがらない理由は、きっと人間は自分が正しいと思いたがる傾向があるからではないかと思いました。最後に、感覚というものが常に真であると思いこんでしまい失敗した時の例として、飲酒をしたときに自分は正しい、感覚は大丈夫だと思って飲酒運転をして、事故を起こしてしまうことだと私たちの班は思いました。

保健学科看護学専攻 濱野東香 期末レポート

字が読みにくかったので再送します。


 十数回にわたるこの講義でたくさんのことを学ぶことができたと思う。正直どのような講義かもあまりわからないままこの講義を選んだ。絵画について特別な知識もなければ、あまり興味もなかった。しかし、講義を受けていくことを通して、絵画にはいろんな意味が込められていて、おもしろいものだと分かった。
 毎回の大橋先生のお話からもたくさんのことを吸収することができた。中でも先生が何度も繰り返し言っていたことは、机に向かうこと、教科書を見ることだけが勉強ではないということだ。短期的に一気につめこむことは、テストのためにはなるかもしれないが、すぐに忘れてしまって何も身につかない。「させられる」勉強ではなく、自分から進んで学ぼうとする。この姿勢がいかに大事か考えさせられた。  グループディスカッションでは、はじめのほうは何を話せばいいのか分からず、会話がつまってしまうこともよくあった。けれど、回数を重ねるごとに、発言することにとまどうことも減り、スムーズにディスカッションをすることができたと思う。自分の考えを伝えることの難しさを知った。講義の後半では、留学生の方々と一緒にディスカッションするようになった。いかに自分に英語力がないかを痛感した。日本語で伝えるのも難しいのに、さらに英語でとなるととても大変だった。ただ思ったことをそのまま言うのではなく、どうすれば伝わるのか、もっと簡単に表現
できないかなど注意して発言しようと思うようになった。  
この講義を通して、なにか知識が増えたとか、学力が上がったとは思わない。けれど、行動することの大切さや、物事には必ず意味があるということを学ぶことができたように思う。この講義で、絵画はただの絵ではなく何かを伝えるためのものであったり、人になにかを考えさせるものであり、意味があるものだと知った。そのことは、私たちの日常生活においても当てはまるのかもしれない。なんの意味もないと思ってやっていることでも、きっと何か重要な意味がある。そういう見方をできるようになった。今目の前にあることすべてに精一杯取り組んで行こうと思う。

電気電子工学科 中野 太朗

期末レポート


 僕はこのパンセと絵画という授業から多くのことを学びました。 
 まず一つ目にいろんな今まで話したりしたことない人と話すことの大切さを学びました。僕は人と話すことがあまり得意なほうではないのでこれから社会に出ていくうえで、人とのコミュニケーションが大切になってくると思うし、このような講義でいろいろな人とコミュニケーションを取れてよかったと思う。そしてこの講義ではただ話すだけではなく、絵画を見たりパンセの文章を読んだりしてそこから自分の意見を述べるので話の話題が普段話さないことだったりして、コミュニケーションを取るのが難しかった。また自分の意見を考えて述べることは社会にでてからも必要となることなのでとてもよい経験になりました。
 二つ目に多くの普段関わらない人と話すことによっていろんな意見を聞くことができたことです。特に留学生と関われたことが大きかったです。自分とよく似た意見の人、違った意見を持つ人、様々な人がおり、その人達とコミュニケーションをとり自分と共感していくことの難しさがわかった。違う意見を持つ人の話を聞き、その意見、考え方を聞くことによって今までとは違う考え方がでてきたりもして、考えの幅が広がったと思う。また、自分が考えつかなかったような意見を聞くこともできたのもよかった。多くの意見を受け入れることができるようになりいろんなことを多くの視点から考えられるようになった。 
また絵画を見て話すことによって想像力がついた。絵画は難しいと思った。その絵を描いた人の気持ち、どのような場面を描いたものなのか、どうしてそのような絵を描いたのか、などさまざまなことを想像することを授業を通して学んだ。絵画の捉え方は人によって感じ方が違う。絵画は見る人が自由に想像してよいものだし、作者と違う考え方でも良いとも思った。作者の心情を読み取ろうとすることは難しい。僕は今まで芸術作品に触れることが全然なかったのでこの経験により少しは自分の感性を磨くことができたと思った。 
 最後に留学生と話す機会ができて海外のことを多くしれたことがよかったと思った。なかなか普段留学生と話す機会などないしとても貴重な体験ができたと思った。外国と日本では文化も違さ、同じ絵を見ても捉え方や感じ方が全然違う部分もあった。その違いを英語で伝えることが本当に難しかった。 
 僕はこの講義からこれらのような多くのことを学ぶことができ、とてもよかった。これからも学んだことを生かして頑張って行きたいと思います。

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電気電子工学科 中野太朗

今回ペアラーニングに参加しました。 
留学生との交流にも慣れてきたので、スムーズに自己紹介ができるようになってきてると感じました。 
日本について教えるのは、日本人の僕でもなかなか難しく、逆に留学生の方が日本についての一部分を詳しく知っているようにも思いました。
もっと自分の国について知りたいと思いました。 
英語で自分の思っていることを伝えるのはとても難しいし、留学生と交流するのはなかなかない機会なので もっと自分からコミュニケーションをとっていきたいです。
外国のことについて聞くのは、知らないことがわかり、いろいろ勉強になるし、とても楽しかったです。
これからもコミュニケーションがうまくできていけるようにがんばっていきたいです。

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電気電子工学科 中野太朗

今日はペアラーニングに参加しました。留学生の人とコミュニケーションをとりました。最初のほうは緊張して何を話したらいいかわからず、短い質問ばっかりだった。けど最後のほうは、留学生とコミュニケーションをうまくとれるようになってきました。アイルランドについていろいろ教えてもらったので、ぜひ行ってみたいと思いました。留学生同士の会話を聞いていると楽しそうだったので、英語をもっと聞き取れるようになりたいです。

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建設工学科 岸本浩平 期末レポート

私は昔から芸術にあまり興味がなく、正直パンセと絵画の授業に関しても辛いのではないかと思っていた。しかし実際に受けてみるとパンセの言葉や様々な絵画を見て、自分の思ったことを発言する。単純でありながら、能動的な授業形態であったので非常に楽しく真剣に取り組むことができた。

またパンセの言葉には人としての思想、在り方について追及しており、それは私にとって大変新鮮で興味がでることであった。

また留学生と会話することで視野が広がり国際交流の面白さ、大切さにも気付くことができた。他人との交流の場もこの授業で設けてくれていたのも良かった。

個人的にパンセの言葉から学んだことを書きたいと思う。
まず人はとても不完全な生き物で一人では生きてはいけないものである。そしてとても自己中心的でそれでいて目に見えない偶像や概念に陶酔する理不尽な存在である。しかしそんな愚かな人間が今まで生きて来れたのは、やはり考えることを止めなかったからであると思う。人は考えることで成長する、つまり思考することが生きるということになるのではないかと考える。

これが私がパンセと絵画を通して見出した一つの価値観である。

保健学科看護学専攻 齊藤 理沙 期末レポート

 「パンセと絵画」の講義をうけて、今まであまりしたことがなかった絵画の鑑賞を、さまざまな視点からすることができました。それだけでなく、コミュニケーションの力をつけていくことができ、はじめよりも成長できたと思います。絵画を見て、作者の思いや、表現したかったこと、初めのころはうまく自分が思ったことが表現できなかったけれど、少しずつ自分の意見を伝えることができるようになってきました。また、洋画と日本画を比べることで、それぞれの特徴をより理解することができました。また、グループでの討論を積み重ねていくうえで、パンセと絵画のつながりが、より深いものであるということがわかりました。パンセの文章は、とても難しいという印象を受けたが、自分の意見だけでなく、グループに人たちの意見も聞くことで表現が広がり、思いもつかなかったことが生まれたりします。グループでの討論のおもしろさはそこにあるのだということに気づきました。

    また、留学生の人たちと一緒に討論することができ、さまざまなことに気づかされました。ひとつは自分の英語力が不足しているということです。意見を伝えようとしても、うまく伝えることができず、英語力がまだまだ足りないことに改めて気づきました。そして、一番大切なことは伝えようとする意志であることがわかりました。英語を話せるようになることも、話してみようとする意志があれば、上達していくのだろうと思いました。留学生とお話しできる機会はあまりないので、とてもいい経験になりました。この経験を生かして、自分の将来にも役立てていきたいです。

    この講義を通して、専門的な知識だけでなくコミュニケーションの大切さも学ぶことができました。これから社会にでていくうえで、必要不可欠なことです。それを大学時代に学べることができ、この講義を受けてよかったと改めて思いました。今後も、コミュニケーション能力を向上していけるよう、がんばっていきたいです。



保健学科 福原由佳 期末レポート

私はこのパンセと絵画の授業で、絵画のこともそうですが、多くのことを学べたと思っています。
まず、初対面の人と会話を続けることが改めて難しいと思いました。
特に初めは沈黙になってしまうことが多くて、その沈黙が辛かったです。
それが英語になると、もっと難しかったです。
言語が違うということがどれだけコミュニケーションをとることに対して障害となるのかがわかりました。
自分の伝えたいことを満足に伝えることができなくてとてももどかしかったです。
もっと英語の勉強をしようと思いました。
この授業を通して、ただテストでいい点をとることだけがいいことではないのだと思えました。
テスト以外の様々な大切なことを学びました。
そして、多くの人の自分とは違った意見をきくことができたのは、自分の成長につながったと思います。
逆に自分と同じ意見の人の話をきくことは、さらに自分の考えを深められたり、見直せたりしました。
いい意味で自分の価値観に影響を受け、刺激を受けました。
授業もそうですが、課外活動でも多くのことを学べ、気づけました。
韓国人とのスカイプ交流に参加させていただいたときに、私は韓国語がわからなくて、おそらく他の参加していた方もわからなかったはずなのですが、韓国人の方は日本語を勉強していっらっしゃったみたいで、全部日本語でコミュニケーションをとることができました。
私たち日本人と話している中で、分からない日本語もはとんどなかったみたいで、ほんとうにすごいなあと思いましたし、私も英語だけでなく様々な言語を学び、他の国の人とその人の母国語でコミュニケーションをとれるようになれたらきっととても楽しくて充実したものになるだろうと思いました。
他国の全ての言語を学ぶことはできませんが、まず、自分が今習っている英語と中国語の勉強を今まで以上に真剣に取り組もうという意識が高まりました。
言語を学べる機会はあまりありませんが、いつか趣味として多言語のことについて勉強してみたいと思いました。
他国の文化に触れたり、日本との違いを話すことがとても新鮮で、またこういった他国の人とコミュニケーションがとれる機会があれば積極的に参加したいと思いました。
学べたことはたくさんありますが、私が一番この講義を受講してよかったなと思えたことは、自分のやりたいこと、やってみたいことが増えたことです。
色々なことに興味を持ってやってみることは自分の成長につながると思いますし経験を深めることはとても大切だと思うので、これから少しでも興味を持ったことに対しては、全力で取り組んでいきたいと思います。

建設工学科 7班

 今回の絵は複数の女の子がドレスを着ているのを見て、身分が高そうだと思った。他の人達も、同じような意見であった。また、犬を踏んでいる赤いドレスを着ている女の子はとくに偉そうだった。
 ひとが、まちがっていると思いたがらないのは、自分を否定せず、肯定したいことや、人にはプライドや自信があるため、自分が正しいと思いたいからであるからだと思う。
 来週で最後の授業なので、しっかり取り組みたい。

保健学科看護学専攻 濱野東香 期末レポート

 十数回にわたるこの講義でたくさんのことを学ぶことができたと思う。正直どのような講義かもあまりわからないままこの講義を選んだ。絵画について特別な知識もなければ、あまり興味もなかった。しかし、講義を受けていくことを通して、絵画にはいろんな意味が込められていて、おもしろいものだと分かった。

 毎回の大橋先生のお話からもたくさんのことを吸収することができた。中でも先生が何度も繰り返し言っていたことは、机に向かうこと、教科書を見ることだけが勉強ではないということだ。短期的に一気につめこむことは、テストのためにはなるかもしれないが、すぐに忘れてしまって何も身につかない。「させられる」勉強ではなく、自分から進んで学ぼうとする。この姿勢がいかに大事か考えさせられた。

 グループディスカッションでは、はじめのほうは何を話せばいいのか分からず、会話がつまってしまうこともよくあった。けれど、回数を重ねるごとに、発言することにとまどうことも減り、スムーズにディスカッションをすることができたと思う。自分の考えを伝えることの難しさを知った。講義の後半では、留学生の方々と一緒にディスカッションするようになった。いかに自分に英語力がないかを痛感した。日本語で伝えるのも難しいのに、さらに英語でとなるととても大変だった。ただ思ったことをそのまま言うのではなく、どうすれば伝わるのか、もっと簡単に表現できないかなど注意して発言しようと思うようになった。

 この講義を通して、なにか知識が増えたとか、学力が上がったとは思わない。けれど、行動することの大切さや、物事には必ず意味があるということを学ぶことができたように思う。この講義で、絵画はただの絵ではなく何かを伝えるためのものであったり、人になにかを考えさせるものであり、意味があるものだと知った。そのことは、私たちの日常生活においても当てはまるのかもしれない。なんの意味もないと思ってやっていることでも、きっと何か重要な意味がある。そういう見方をできるようになった。今目の前にあることすべてに精一杯取り組んで行こうと思う。

保健学科  渡辺雄也  期末レポート

下のはミスです。

この'パンセと絵画'という講義は、グループトークを行い意見を交換し合ったりすることが主である講義だった。
 大橋先生がこの講義でよく言っていたことは、自分から積極的に取り組んでいかないと何も学ぶことはできないというようなことだった。正直僕は今まで様々な授業に対してそこまで積極的になったことはなかった。しかし、この講義は積極的にならないと成り立たないような授業スタイルであり、最初は二人組でペアをつくって話し合いを行ってもあまり意見を言うことができなかった。しかし、この講義でグループトークをこなしていくうちに少しずつ自分の意見を言うことができるようになっていった。そもそも、初めのうちは絵画をみてもあまり気づくところがなく、また、パンセの文章を読んでも難しすぎて理解することが難しく意見自体が思い浮かばなかったが、授業に参加して、ペアの人の自分とは
違う意見を聞くことでものの考え方や視野が広がり、自分の意見を持つことができるようになっていった。しばらくしてくると、4、5人のグループで話し合うようになった。人数が多くなると緊張して意見がなかなか言いづらかったが、これも回数をこなしていくうちに解消されていった。
 また、この講義では最後に英語で話し合う機会が設けられていた。正直、中学生のころから英語は学んできたので、簡単な英語で意見を述べるくらいならできるだろうと思っていたが、無理だった。普段英語を話す機会がないので、このようなことになるのだろうと思った。そういう意味ではこの講義はとてもいい機会となった。最終的には簡単にだが、英語で自分の意見を言うことができるようになった。
 課外授業では、主に市民講座に参加した。市民講座では、宮田さんがキリスト教についてや東洋医学、西洋医学の違いについてお話してくださった。自分が全く知らない分野だったので、大変興味深かった。
 この講義では、普段接することのできない留学生の方や、外国人の方と交流する機会が設けられていた。接してみると、日本語の理解も、僕が英語に対するものよりもはるかに高く、僕も頑張らなくてはならないと感じた。
 この講義に参加することで、以前よりもコミュニケーション能力と、物事に取り組む積極性が上がったと思う。積極的に学んだことは、記憶にも残りやすく、自分のためにもなるということに気付いた。この講義で学んだことを今後の大学生活に活かしていきたい。

保健学科  渡辺雄也  期末レポート

 この'パンセと絵画'という講義は、最初の授業を受けた時はいったいどのようなことを学ぶのかよくわからなかった。パンセについての色々な話を聞いたり、絵画を鑑賞したり、自分で絵画を描いたりする講義だと思っていた。しかし、実際は全然違っていて、グループトークを行い意見を交換し合ったり話し合ったりすることが主である講義だった。

 大橋先生がこの講義でよくおっしゃっていたことは、自分から積極的に取り組んでいかないと何も学ぶことはできないというようなことだった。正直僕は今まで様々な授業に対してそこまで積極的になったことはなかった。しかし、この講義は積極的にならないと成り立たないような授業スタイルであり、最初は二人組でペアをつくって話し合いを行ってもあまり意見を言うことができず、自分のコミュニケーション能力の低さにげんなりしていた。しかし、この講義でグループトークをこなしていくうちに少しずつ自分の意見を言うことができるようになっていった。そもそも、初めのうちは絵画をみてもあまり気づくところがなく、また、パンセの文章を読んでも難しすぎて理解することが難しく意見自体が思
い浮かばなかったが、授業に参加して、ペアの人の自分とは違う意見を聞くことでものの考え方や視野が広がり、自分の意見を持つことができるようになっていった。しばらくしてくると、4、5人のグループで話し合うようになった。人数が多くなると緊張して意見がなかなか言いづらかったが、これも回数をこなしていくうちに解消されていった。

 また、この講義では最後に英語で話し合う機会が設けられていた。正直、中学生のころから英語は学んできたので、簡単な英語で意見を述べるくらいならできるだろうと思っていたが、思い上がりであるということに気付かされた。少しショックだった。普段英語を話す機会がないので、このようなことになるのだろうと思った。そういう意味ではこの講義はとてもいい機会となった。最終的には簡単にだが、英語で自分の意見を言うことができるようになった。

 課外授業では、市民講座やスカイプ交流に参加した。市民講座では、宮田さんがキリスト教についてや東洋医学、西洋医学の違いについてお話してくださった。自分が全く知らない分野だったので、大変興味深かった。スカイプ交流では韓国の人と話し合った。積極性が全然違っていて見習わなければならないと思った。

 この講義では、普段接することのできない留学生の方や、外国人の方と交流する機会が設けられているので、いい経験を積むことができたと思う。接してみると、日本語の理解も、僕が英語に対するものよりもはるかに高く、僕も頑張らなくてはならないと感じた。

 この講義に参加することで、以前よりもコミュニケーション能力と、物事に取り組む積極性が上がったと思う。積極的に学んだことは、記憶にも残りやすく、自分のためにもなるということに気付いた。この講義で学んだことを今後の大学生活に活かしていきたい。

保健学科  渡辺雄也  期末レポート

 この'パンセと絵画'という講義は、最初の授業を受けた時はいったいどのようなことを学ぶのかよくわからなかった。パンセについての色々な話を聞いたり、絵画を鑑賞したり、自分で絵画を描いたりする講義だと思っていた。しかし、実際は全然違っていて、グループトークを行い意見を交換し合ったり話し合ったりすることが主である講義だった。

 大橋先生がこの講義でよくおっしゃっていたことは、自分から積極的に取り組んでいかないと何も学ぶことはできないというようなことだった。正直僕は今まで様々な授業に対してそこまで積極的になったことはなかった。しかし、この講義は積極的にならないと成り立たないような授業スタイルであり、最初は二人組でペアをつくって話し合いを行ってもあまり意見を言うことができず、自分のコミュニケーション能力の低さにげんなりしていた。しかし、この講義でグループトークをこなしていくうちに少しずつ自分の意見を言うことができるようになっていった。そもそも、初めのうちは絵画をみてもあまり気づくところがなく、また、パンセの文章を読んでも難しすぎて理解することが難しく意見自体が思
い浮かばなかったが、授業に参加して、ペアの人の自分とは違う意見を聞くことでものの考え方や視野が広がり、自分の意見を持つことができるようになっていった。しばらくしてくると、4、5人のグループで話し合うようになった。人数が多くなると緊張して意見がなかなか言いづらかったが、これも回数をこなしていくうちに解消されていった。

 また、この講義では最後に英語で話し合う機会が設けられていた。正直、中学生のころから英語は学んできたので、簡単な英語で意見を述べるくらいならできるだろうと思っていたが、思い上がりであるということに気付かされた。少しショックだった。普段英語を話す機会がないので、このようなことになるのだろうと思った。そういう意味ではこの講義はとてもいい機会となった。最終的には簡単にだが、英語で自分の意見を言うことができるようになった。

 課外授業では、市民講座やスカイプ交流に参加した。市民講座では、宮田さんがキリスト教についてや東洋医学、西洋医学の違いについてお話してくださった。自分が全く知らない分野だったので、大変興味深かった。スカイプ交流では韓国の人と話し合った。積極性が全然違っていて見習わなければならないと思った。

 この講義では、普段接することのできない留学生の方や、外国人の方と交流する機会が設けられているので、いい経験を積むことができたと思う。接してみると、日本語の理解も、僕が英語に対するものよりもはるかに高く、僕も頑張らなくてはならないと感じた。

 この講義に参加することで、以前よりもコミュニケーション能力と、物事に取り組む積極性が上がったと思う。積極的に学んだことは、記憶にも残りやすく、自分のためにもなるということに気付いた。この講義で学んだことを今後の大学生活に活かしていきたい。

建設工学科 岸本浩平 2班

パンセの言葉で人は全部は見ないということに〜というものがあった。確かに人は自分の考えが正しいと思い、間違っているとはなかなか考えないものである。宗教を見てみても分かるように、人は信じるものを否定されることを嫌い、仮に信じるものに裏切られると寄る辺が無くなったように崩壊してしまう。信じることは日々の活力になったりと、良い結果を招くこともあるが悪い結果も招くこともある。信仰が過ぎると視野が狭くなり、善悪の差別がつかなくなる。非常に危険である。それの解決策としては人との繋がりを大切にすることしかないと思う。

絵画を見ての感想としては絵画の作者自体が描かれており、鏡を通して描き、絵画を描く画家も込みで貴族の風景を描いたのではないかと推測した。ふと絵画に映る少女は何を考えているのだろうかと考えた。時代的に衰退の時代であると聞いた。時代背景のことを考えながら見ると、まだ彼女自身は何も分からないだろうが彼女の取り巻きには若干の憂いを感じた。

来週で最後となるパンセと絵画。最後だからと気を抜かず、真剣に取り組みたい。

建設工学科柴山紘輝5班

今回の講義の絵画はベラスケスが描いた絵画であった。絵画の内容としては、複数の女の子と犬や男の人がとある部屋で何かを待機しているようなものだった。また、本人も描いており、絵を描いているというキャンパスも絵画に登場していた。
写真のような繊細に描かれている絵だと感じた。


話のまとめは、絵画については、フェリベ4世(国王夫婦)も描かれているため、絵画の作者の視点からの絵画ではなくフェリベ4世の視点から描かれているのではないかということになった。
パンセの文章については、自分一人の視点では全てを見えないということであった。
私個人の意見としては「感覚というものは、常に真であるから」という言葉が最も印象に残った。自分の視点が正しいと感覚的に思わなければ、物事の判断ができないし、人の視点を完璧に知ることができないために、1択の答えのため、自分の視点を正しいと思うしかないのではないのかと感じた。


だんだんこの授業の終わりが近づくにつれて、人の意見を聞いて、判断することの大切さを理解し、グループワークの面白さを理解することができてきているように思う。
人間は自分が常に正しいと思う生き物なんだなと、絵画・文章を通して感じた。

医学部栄養学科 辻井希実

1.自分の発言と他の人の発言
[パンセ]ひとが、まちがっていると思いたがらない原因はどこにあると考えているのだろうか?
人は自分が正しいと思うことしか受け入れない。そして、いつも自分が正しいと思っている。だから、自分が間違ってると言われることは同時に自分が否定されていることになる。だから人は、間違っていると思いたがらない
[パンセ]「感覚というものは、常に真である」ことから起こる間違いとはどのようなものがあるか?
いつでも自分が正しいと思ってしまうから、間違っていることでも自分が正しいと思うとそれを信じ込んでしまう 宗教で、自分の宗派とか自分の信仰するものだけが正しいと思ってしまい、他の宗派の人と衝突する

2.気づいたこと、この授業で何を学んだのか?(後で調べたことも含めて)
今日鑑賞した絵画は、画家本人(ベラスケス)と共に鏡に映った国王夫婦(スペイン、フェリベ4世)が描かれており、鏡越しに描くことで、フェリベ4世の視点から描かれている

3.全体の感想、提言など
私は今日の絵画とパンセの文章を読んで、「人間は常に自分が正しい、自分が一番だと思っている」んだなと思った。班のみんなと意見を交流して、「真ん中の女の子(王女?)だけがスポットライトを浴びているようだ」という意見が出たが、これは、王女が「自分だけが正しい、自分が一番だ」と思っていることを表しているのではないかと思った。

医学部栄養学科 皆川祐希 期末レポート

医学部栄養学科1年 2012020402 皆川祐希 期末レポート
 
私は最初、絵画を鑑賞でき、絵画について勉強できると思いこの授業を履修した。私は今までも絵について調べては美術館にいき、絵について調べたこと(絵の技法、描かれた絵の背景)を絵を前にしてなるほどねと鑑賞することはよくしていた。しかし今回の授業をうけてそれだけが絵の鑑賞ではないのだと思うようになった。
 授業の基本スタイルは先生の気づきが大切だよというお話のあと、絵をみて討論するものだった。最初は絵に対して討論なんてすることないし、描かれた絵の技法や背景は定説がありそれを学ぶことが授業ではないのかと疑問に思っていた。
しかし絵に対して討論するということを通して、私は絵に対する理解より絵を鑑賞する時に自分がどう感じたのか、他人がどう感じたのかということも大切なのだと考えるようになった。なぜなら定説よりも様々な人と話すほうがたくさん意見が出て楽しいからである。様々な人と話すほうが自分の知らない考え方・視点に気づくことができ、自分にとってそのほうが役に立つからである。このことが先生が毎回おっしゃっていた気づきの大切さなのだなとこの授業をうけて感じた。また、気づきは1人ではなかなかないことで、こうやって知らない人と集まって討論することによって得られるので、人との出会いも大切だと感じた。大学生活では人の出会いを通して自分の中でなかった考えに気づいていきたい。
また気づきの大切さ以外にも分かったことがある。それは人をまとめるための司会は難しいということである。私は8月23日に司会をした。やる気のある人ない人、自分の意見を積極的に話す人話さない人、学生・留学生がいるなかで私は現代医療の問題点(8月23日のテーマ)をメンバーから聞きだし、どのようにまとめるか苦労した。結果的にはなんとか英語で現代医療の問題を提示し、その授業を切り抜けることができたが、人をまとめることをしたことがなかった自分にとって非常にくるしい授業であった。これからも恐れずに司会をする機会があれば挑戦して、自分の糧としていきたいと思った。(850文)

医学部栄養学科 皆川祐希 (再送信)

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4月16日の授業
①自分は今日出会った2人に日本語でサークルはどこに入るか質問したり、課外活動にどのように取り組むかを話し合った。後、英語で好きな食べ物や好きなアーティストについて話をした。相手はできるだけ早く終わらせたい様子で、好きな食べ物は麺類全般、好きなアーティストはaikoであるそうだ。
②この授業で学んだことは、2つある。1つは社会人の方も出席しており、学びに取り組んでいることだ。
私はそのことに感動した。その方は絵画を見て、インスピレーションを受けて曲を作ったそうだ。自分の専門を広げるため、教養を学ぶのだということを改めて実感した。もう1つ、授業で学んだことは知らない人と話すのは難しいことであるということだ。好きなアーティストや食べ物を聞いても、自分と同じでなかったらなかなかその後どう進めていけばいいのか困惑してしまうことが多かった。もともと人とあまり接してこなかったこともあり、今後改善していく必要がある。
③全体の感想としては、同じパンセと絵画を受講している生徒や留学生との交流ができるということで、今後が非常に楽しみである。この講義で英語力を身につけ、パンセや絵画から教養を得て、自分の糧としたい。
 
4月16日のスカイプ交流
①自分の発言は自己紹介だけだった。他人の発言は韓国の慶北大学の学生2人の韓国での大学生活と受験のお話しであった。韓国では地方大学と首都大学とではかなり格差があることや大学受験は厳しく、度重なる浪人を重ねている人がたくさんいるそうだ。大学に入学してからは日本と違って韓国の学生は勉強熱心で、留学生などで休学措置をとる人がたくさんいるということも聞いた。あと、大学の食堂はビビンバなど韓国ならではの民族料理も提供されているそうだ。
②今日の課外活動で注目したことはスカイプ交流をした慶北大学の学生の発言だ。日本人は他の国に比べて英語が出来ないという訳でもないと韓国の学生は発言していた。今日交流した韓国の学生は日本語が上手であった。どうしてこんなに日本語が上手なのかという疑問と同時に、どうして英語を私は話すことが出来ないのだろうか、どうして今交流している韓国のこと・言語を少しも知らないのだろうかと自分が情けない気持ちになった。
③今回は自分から全く質問が出来なかったので悔しかった。次はどうやって語学を勉強したのか、語学教育について意見を求めたい。
 
4月18日分の市民講座
①宮田さんにキリスト教について教えてもらった。途中から質疑応答の時間があった。
②今日、宮田さんのお話しで印象に残ったことはキリスト教は他の宗教も受け入れるということだ。私はエルサレムの聖地問題やイギリスとイングランドの国土問題にキリスト教が関わっていると思っていた。学校の授業でもそう教わった。しかし、宮田さん曰く民族の習慣の違いで争いになったのであるとおっしゃっていた。このことから私は問題解決にはさまざまな立場の人間から意見を聞き、多角的に考える必要性があると考えた。
③今回の質疑応答の時間は自分から積極的に参加できた。キリスト教について考える機会が今までなかったので良い経験になった。
 
4月23日の授業
①今日は絵画の最初である宗教画について教わった。宗教画はイエスキリストを素晴らしく描いたり、聖書について分かりやすく描いていたりしていた。これらの宗教画を用いてキリスト教の教えを広めていたという。また宗教画だけとっても、時代によってイエスキリストの描きかたが違うことも分かった。また後半の時間は、宗教画とパンセの一節について話し合った。
②宗教画だけとってみても、画家によって描きかたが違っていたり、時代によって描きかたが違っていたりして面白いと思った。中でも、私はキリストは光輝く神様のようなイメージがあったのだが、東洋人のように描いている絵もあったことには驚いた。後半の時間の、絵とパンセの言葉について話し合う時は、人と話し合うことで自分が気づかなかった事に気づかされるものなのだなと感じた。私は左右に描かれている人は顔が違うことから、別人物であると考えていた。しかし相手は、左右に描かれている人は同一人物で、左から右へとストーリー展開をしているということを指摘した。このことから私は意見交換の大切さを知った。
③今回は絵画について意見交換するのが難しいと感じたので、慣れていきたいと思った。
 
4月23日分のスカイプ交流
①国の大学生と高校教師の人とSkype交流をした。テーマは韓国の芸能界についてだった。
②私はk-popには疎く、よくわからなかったが、アーティストと歌手の違いが韓国でははっきりとしていることを知り、近い国でも探せば違いはたくさんあるなと感じた。先週のSkype交流では全く質問が出来ず悔しい思いをしたので、事前に質問を考えておいたことは良かったと思う。交流を通して驚いたことが2つある。1つ目は語学教育について。韓国では第二外国語のようなものを高校時代から勉強するそうだ。日本では中国語やドイツ語が人気であるが、韓国では日本語と中国語が人気であるということに驚いた。韓国の方が日本に対して関心が強いのではないかと思った。2つ目は韓国の大学には研究室配属がないことに驚いた。大学在学中に研究ができる環境が珍しいことに驚き、感謝した。
③今回の交流を通して、思っても見ないところで両国との違いに気づき面白かった。また機会があれば参加したい。
 
4月25日分の市民講座
①宮田さんにキリスト教について教えてもらった。途中から質疑応答の時間があった。
②今日、宮田さんのお話しで印象に残ったことはキリスト教は他の宗教も受け入れるということだ。私はエルサレムの聖地問題やイギリスとイングランドの国土問題にキリスト教が関わっていると思っていた。学校の授業でもそう教わった。しかし、宮田さん曰く民族の習慣の違いで争いになったのであるとおっしゃっていた。このことから私は問題解決にはさまざまな立場の人間から意見を聞き、多角的に考える必要性があると考えた。
③今回の質疑応答の時間は自分から積極的に参加できた。キリスト教について考える機会が今までなかったので良い経験になった。
 
5月7日分の授業
①大橋先生は最初、ゴールデンウィークにしたことについてお話ししていた。次にソロモン諸島で学んだことを聞いた。最後に三人の自画像を見て感想を話し合った。
②大橋先生のお話は貴重なお話しであった。変わらないものを基準におくことが大切であるということや、なにが重要なのか、なにが普通なのか考える必要があるということをおっしゃっていた。たしかに海外に行けばさまざまな人や刺激に遭遇する。そのときに自分の軸がしっかりしていてかつ、相手を柔軟に受け入れる姿勢を持つ必要があるので、大橋先生のおっしゃっていたことが必要となってくるのではないかと思った。最後に自画像を見て話し合った。自画像なのに背景や明るさが全然違っていた。一番論議の的となったのは三枚目の自画像の後ろに老人らしき人が描かれていたことだ。後ろに描かれている人は自分自身ではないかとか、誰かに狙われていたのではないかなどというたくさんの 意見がでてきて、おもしろかった。やはりたくさんの人と意見交換をすると自分が考えていることとは一味違った意見が出てくるのでおもしろいと思った。
③次は話が長く続くように努力する。
 
5月28日の授業
①今日は大橋先生が日本の文化の形は主張なしでなにもない空間をデザインすることであるというお話や、抽象的な物事は共通点やつながりがあると理解しやすいというお話をしていただいた。そのあとは6人でグループディスカッションをした。今回の絵画は日本画であった。またパンセの言葉は時間と空間が人間には定められているという内容の文章を読んだ。
②大橋先生のお話で芸術や文化の重要性がすこし分かった気がした。芸術は言葉と同じもしくはそれ以上に他人に訴えかけることのできる力を持っている。その芸術に込められた思い、抽象的なものを現代の私たちが考えているという行動が芸術の重要性なのだと私は思った。今回見た絵画は明治時代の様子であった。グループディスカッションの時はよくわからない絵画だなぁと思ったが、後からよくよく考えてみると、若い人たちは下を向いてなにかを圧し殺しているような表情だか、歳いっている人たちの表情はなにか気持ちを圧し殺しているようなかんじではないように感じた。若者とお年寄りとの考え方が伝わってくるような絵画だと思った。また、パンセではやはりに人間は愚かではかないも のであることを強く説いているような気がした。キリスト教は神を偉大に感じてもらうため人間を愚かなものだと示しているのではないか。今日は絵画もパンセも難しかった。
③次はグループディスカッションが盛り上がるように些細なことでも発言しようと思う。
いままでの未送信の分です。
 
4月16日の授業
①自分は今日出会った2人に日本語でサークルはどこに入るか質問したり、課外活動にどのように取り組むかを話し合った。後、英語で好きな食べ物や好きなアーティストについて話をした。相手はできるだけ早く終わらせたい様子で、好きな食べ物は麺類全般、好きなアーティストはaikoであるそうだ。
②この授業で学んだことは、2つある。1つは社会人の方も出席しており、学びに取り組んでいることだ。
私はそのことに感動した。その方は絵画を見て、インスピレーションを受けて曲を作ったそうだ。自分の専門を広げるため、教養を学ぶのだということを改めて実感した。もう1つ、授業で学んだことは知らない人と話すのは難しいことであるということだ。好きなアーティストや食べ物を聞いても、自分と同じでなかったらなかなかその後どう進めていけばいいのか困惑してしまうことが多かった。もともと人とあまり接してこなかったこともあり、今後改善していく必要がある。
③全体の感想としては、同じパンセと絵画を受講している生徒や留学生との交流ができるということで、今後が非常に楽しみである。この講義で英語力を身につけ、パンセや絵画から教養を得て、自分の糧としたい。
 
4月16日のスカイプ交流
①自分の発言は自己紹介だけだった。他人の発言は韓国の慶北大学の学生2人の韓国での大学生活と受験のお話しであった。韓国では地方大学と首都大学とではかなり格差があることや大学受験は厳しく、度重なる浪人を重ねている人がたくさんいるそうだ。大学に入学してからは日本と違って韓国の学生は勉強熱心で、留学生などで休学措置をとる人がたくさんいるということも聞いた。あと、大学の食堂はビビンバなど韓国ならではの民族料理も提供されているそうだ。
②今日の課外活動で注目したことはスカイプ交流をした慶北大学の学生の発言だ。日本人は他の国に比べて英語が出来ないという訳でもないと韓国の学生は発言していた。今日交流した韓国の学生は日本語が上手であった。どうしてこんなに日本語が上手なのかという疑問と同時に、どうして英語を私は話すことが出来ないのだろうか、どうして今交流している韓国のこと・言語を少しも知らないのだろうかと自分が情けない気持ちになった。
③今回は自分から全く質問が出来なかったので悔しかった。次はどうやって語学を勉強したのか、語学教育について意見を求めたい。
 
4月18日分の市民講座
①宮田さんにキリスト教について教えてもらった。途中から質疑応答の時間があった。
②今日、宮田さんのお話しで印象に残ったことはキリスト教は他の宗教も受け入れるということだ。私はエルサレムの聖地問題やイギリスとイングランドの国土問題にキリスト教が関わっていると思っていた。学校の授業でもそう教わった。しかし、宮田さん曰く民族の習慣の違いで争いになったのであるとおっしゃっていた。このことから私は問題解決にはさまざまな立場の人間から意見を聞き、多角的に考える必要性があると考えた。
③今回の質疑応答の時間は自分から積極的に参加できた。キリスト教について考える機会が今までなかったので良い経験になった。
 
4月23日の授業
①今日は絵画の最初である宗教画について教わった。宗教画はイエスキリストを素晴らしく描いたり、聖書について分かりやすく描いていたりしていた。これらの宗教画を用いてキリスト教の教えを広めていたという。また宗教画だけとっても、時代によってイエスキリストの描きかたが違うことも分かった。また後半の時間は、宗教画とパンセの一節について話し合った。
②宗教画だけとってみても、画家によって描きかたが違っていたり、時代によって描きかたが違っていたりして面白いと思った。中でも、私はキリストは光輝く神様のようなイメージがあったのだが、東洋人のように描いている絵もあったことには驚いた。後半の時間の、絵とパンセの言葉について話し合う時は、人と話し合うことで自分が気づかなかった事に気づかされるものなのだなと感じた。私は左右に描かれている人は顔が違うことから、別人物であると考えていた。しかし相手は、左右に描かれている人は同一人物で、左から右へとストーリー展開をしているということを指摘した。このことから私は意見交換の大切さを知った。
③今回は絵画について意見交換するのが難しいと感じたので、慣れていきたいと思った。
 
4月23日分のスカイプ交流
①国の大学生と高校教師の人とSkype交流をした。テーマは韓国の芸能界についてだった。
②私はk-popには疎く、よくわからなかったが、アーティストと歌手の違いが韓国でははっきりとしていることを知り、近い国でも探せば違いはたくさんあるなと感じた。先週のSkype交流では全く質問が出来ず悔しい思いをしたので、事前に質問を考えておいたことは良かったと思う。交流を通して驚いたことが2つある。1つ目は語学教育について。韓国では第二外国語のようなものを高校時代から勉強するそうだ。日本では中国語やドイツ語が人気であるが、韓国では日本語と中国語が人気であるということに驚いた。韓国の方が日本に対して関心が強いのではないかと思った。2つ目は韓国の大学には研究室配属がないことに驚いた。大学在学中に研究ができる環境が珍しいことに驚き、感謝した。
③今回の交流を通して、思っても見ないところで両国との違いに気づき面白かった。また機会があれば参加したい。
 
4月25日分の市民講座
①宮田さんにキリスト教について教えてもらった。途中から質疑応答の時間があった。
②今日、宮田さんのお話しで印象に残ったことはキリスト教は他の宗教も受け入れるということだ。私はエルサレムの聖地問題やイギリスとイングランドの国土問題にキリスト教が関わっていると思っていた。学校の授業でもそう教わった。しかし、宮田さん曰く民族の習慣の違いで争いになったのであるとおっしゃっていた。このことから私は問題解決にはさまざまな立場の人間から意見を聞き、多角的に考える必要性があると考えた。
③今回の質疑応答の時間は自分から積極的に参加できた。キリスト教について考える機会が今までなかったので良い経験になった。
 
5月7日分の授業
①大橋先生は最初、ゴールデンウィークにしたことについてお話ししていた。次にソロモン諸島で学んだことを聞いた。最後に三人の自画像を見て感想を話し合った。
②大橋先生のお話は貴重なお話しであった。変わらないものを基準におくことが大切であるということや、なにが重要なのか、なにが普通なのか考える必要があるということをおっしゃっていた。たしかに海外に行けばさまざまな人や刺激に遭遇する。そのときに自分の軸がしっかりしていてかつ、相手を柔軟に受け入れる姿勢を持つ必要があるので、大橋先生のおっしゃっていたことが必要となってくるのではないかと思った。最後に自画像を見て話し合った。自画像なのに背景や明るさが全然違っていた。一番論議の的となったのは三枚目の自画像の後ろに老人らしき人が描かれていたことだ。後ろに描かれている人は自分自身ではないかとか、誰かに狙われていたのではないかなどというたくさんの 意見がでてきて、おもしろかった。やはりたくさんの人と意見交換をすると自分が考えていることとは一味違った意見が出てくるのでおもしろいと思った。
③次は話が長く続くように努力する。
 
5月28日の授業
①今日は大橋先生が日本の文化の形は主張なしでなにもない空間をデザインすることであるというお話や、抽象的な物事は共通点やつながりがあると理解しやすいというお話をしていただいた。そのあとは6人でグループディスカッションをした。今回の絵画は日本画であった。またパンセの言葉は時間と空間が人間には定められているという内容の文章を読んだ。
②大橋先生のお話で芸術や文化の重要性がすこし分かった気がした。芸術は言葉と同じもしくはそれ以上に他人に訴えかけることのできる力を持っている。その芸術に込められた思い、抽象的なものを現代の私たちが考えているという行動が芸術の重要性なのだと私は思った。今回見た絵画は明治時代の様子であった。グループディスカッションの時はよくわからない絵画だなぁと思ったが、後からよくよく考えてみると、若い人たちは下を向いてなにかを圧し殺しているような表情だか、歳いっている人たちの表情はなにか気持ちを圧し殺しているようなかんじではないように感じた。若者とお年寄りとの考え方が伝わってくるような絵画だと思った。また、パンセではやはりに人間は愚かではかないも のであることを強く説いているような気がした。キリスト教は神を偉大に感じてもらうため人間を愚かなものだと示しているのではないか。今日は絵画もパンセも難しかった。
③次はグループディスカッションが盛り上がるように些細なことでも発言しようと思う。