6月合宿のお知らせ


剣山登山の写真

2012年8月9日木曜日

: 保健学科 中西蓮 期末レポート


 

 私がこの講義で学んだことは、まずは人とのコミュニケーションをとることの大切さです。講義の始まったころは二人一組で話していましたが、ペアの人と初めて話すのでとても緊張していました。しかし、回数を重ねるにつれ、知らない人と話すことにも徐々に慣れ、最後には大人数で話すことも楽しめるようになりました。そこでもう一つ大切なことが、会話を途切れさせないということです。話が途切れないように新たな話題を出すことは難しいですが必要なスキルだと思いました。また、この講義では様々な学科、学部の人と交流でき、絵の見方や文章の読み取り方、そして考え方などさまざまでいろいろな考え方があるんだと知ることができてよかったと思います。

 また、この講義では英語を使うことが多々あり、英語の重要性を再認識できました。中学、高校と英語を学習してきましたが、最初は自分の意見を全くと言っていいほど表現できず、実際に話すのはとても難しいと感じました。しかし、毎週のように英語で表現する練習をするうちにだんだんできるようになり、最後には留学生ともコミュニケーションが取れたと思います。

 ほかには、文章を読み解く力です。パンセの文章は毎回理解するのも難しく班の意見も様々なものがあり、結局これだと思う答えにたどり着いたことはあまりありませんでしたが、そのことについて考えることが何か大切なことにつながっているのではないかと思います。また英語で簡単に表現するということもあり、様々な角度から考えられたと思います。課外活動では宮田さんの市民講座を聞いたり、韓国の学生とスカイプ交流をしたりと、世界が広がりました。

 この講義で学んだことは、自分の世界に閉じこもっているのではだめで、積極的にコミュニケーションをとり世界をひろげていくことが大切だということです。この講義で得た知識、技能を今後の生活にも活かしていきたいと思います。

保健学科 中西蓮



 

今回も前回と同じ5班で、ピカソのゲルニカについて話し合いました。 この絵は何度も見たことがありましたが、深く考えたこともなかったので今回の講義で初めてよくみた気がします。まず、この絵は戦争の絵のように感じました。そして、上にある電球は強力な兵器か、危険なものを表していると思いました。パンセの文章については、人間は自然という広大で偉大なものには到底かなわないのに、科学の発達によりあたかも自然を掌握し、対等な立場に立ったと思い込んでいるということではないかと思いました。また、科学の進歩の結果悲劇が起こるのは、今の核の問題でわかるように、それらを使うのは人間であるからで、だから科学の限界は人間の手に負えないようなものが生まれるときだという結論になりました。今回も留学生と話す機会がなかったので、次は話したいと思います。

2012年8月8日水曜日

電気電子工学科 高田博文

今回の講義ではゴヤの絵画とパンセの言葉について話し合いました。まず印象について、一見残酷な絵画であると思われるがどちらが正義かはわからないという意見が出ました。ゴヤが表現したかったと思われることは同じ立場に立たないと話し合いが円滑に進まないということだと思いました。また紛争の始まりという意見もでました。正義は絶対的なものはない、正しいことは誰もが共感しうるものという意見が出ました。絵画の中で悪い奴誰かというのでは右の連中とおいう意見が出ました。一方的で死者も出していて無抵抗な人々を攻撃するのはよくないからです。戦争と正義は結びつけることはよくなく秩序を乱していて秩序があってこその静けさが平和だからです。

2012年8月7日火曜日

電気電子工学科時谷哲郎

今回の講義は、人が少なかったので3つの班に分かれ、自分は3班でした。広島の原爆の日というのもあり、戦争についての絵画について話し合いました。
まず、印象としては一見残酷であるが、どちらが正義かはわからなく、同じ立場にならないと話し合いは円滑に進まないことを表現していると思いました。次に、絵画の中の悪いやつは、右側の連中ということになり、一方的で無抵抗な人間を攻撃するのは良くないと考えました。
そして、正義とは絶対的なものはなく、誰もが共感し得るものが正しいことだとまとめられました。また、戦争と正義とを結びつけることは良くないことで秩序を乱しており、平和とは秩序があってこその静けさとなりました。
今回は留学生とも積極的に話し合えたと思います。最後の講義でしたが、今まで色々学べて良かったです。

2012年8月6日月曜日

栄養学科 齋藤沙緒理

  今回は、最後のパンセと絵画の授業だった。人が少なかったので、最初から班で話し合いを始めた。今回は3班で話し合った。留学生は2人で話した。今回は、みんなそれぞれ自分の意見を話し、そこからみんなでまとめるという作業をした。まとめを以下にまとめる。

 1.一見、残酷だが、どちらが正義かはわからない。

 2.同じ目線、立場にならないとしっかり話し合いが円滑に進まない。

 3、4.正義とは、絶対的なものはない。正しいことは、誰もが共感し得るもの。

 5.右側の兵士たち。一方的で死者も出しており、無抵抗な人間を攻撃するのは良くないから。

 6、7.戦争と正義とは、結びつけることは良くない。秩序を乱している。秩序があってこその静けさが平和になるから。

 というまとめになった。今回は、留学生が積極的に話し合いに参加してくれたので、話し合いがけっこう進んだと思う。この授業は、終わってしまったが、後期も留学生と交流をしていきたいと思った。

保健学科 福田育美

今日は広島の原爆の日ということで、戦争に関する絵画でした。わたしは広島出身なのですが、広島では毎年今日の8時15分にサイレンが鳴って黙祷をします。徳島ではサイレンは鳴らないので、広島にいたときより意識が薄れてしまうなと感じました。
絵画だけを見ると、背景が詳しくわからないので武器を持って殺している人たちが悪く見えるけれど、銃で撃っている兵士たちも殺したくて殺しているわけではないかもしれないので、その兵士たちに殺すように命令した人やその国の政府が悪いという話になりました。しかし、殺してしまっているのは事実なので撃っている人も悪くなってしまう。
正義とは、倫理や人権に反しないことであり、すべての人を平等に扱おうとすることであると思います。どこの国の誰が見ても正しいと思えることが本当の『正しいこと』であり、当事者が無理矢理「正しい」と決め込んだことは
本当の『正しいこと』ではありません。けれど、どこの国も自国は正しい、自分が正義だと思い込んでいるので、本当の正義を決めるのは難しいです。
戦争自体は正義ではなく、戦争に勝ったから正しいとか負けたから正しくないとかいうことはなく、戦争で正義ははかれないと思いました。
わたしたちは戦争を経験したことがなくてどんなものかは実際にはわからないけれど、戦争をしていいことは何もないと思うのでこれから戦争があってはいけないと思います。

2012年8月5日日曜日

電気電子工学科 榎木 一史

7月31日1:00に送信したが反映されてなかっため再送信。

 

1、今回の講義は、最初に先生のお話を聞いてその後グループに分かれてパンセの絵画と文章について話し合いました。自分はグループ3でした。

2、パンセの絵画については、真ん中に描かれている少女が王女様でその周りにいる女の人たちが女官たちという意見が出ました。この絵は、ヨーロッパの皇族の生活を描いているという意見も出ました。自分は、右下にいる赤い服を着た少女が犬を足で踏んであたかも犬をあざ笑っているように見えました。これは、貧富の差を表現しているのかなと考えました。この時代のヨーロッパの風潮を表しているのだと思いました。次に、パンセの文章について「ひとが、まちがっていると思いたがらない原因はどこにあると考えているのだろうか?」について考えました。人は、他人が間違っていると指摘し馬鹿にすることがよくあります。そのとき、人は劣等感を感じる、そして、人は劣等感を感じることを嫌がるからだと思います。次に「感覚というものは常に真であることから起こる間違いとはどのようなものがあるか」については恋愛を例に出して考えました。自分は、ある女性が自分に好意を持っていると思い込んでいて、でも、その女性は自分のことを何にも思っていない。という結論が出ました。

3、今回の講義は、中国からの留学生の方と交流ができたのでよかったです。自分から積極的に話をできたので良い経験ができたと思います。

電気電子工学科 高田博文

送ったけど反映されてない分です

 

今回の講義では留学生を含めた8人の班で話し合いをしました。絵画の印象については、表情が少しこわばっているというなという印象を受けました。この絵画にはベラスケスが描かれているが、その役割はよくわからないけど鏡に映っている国王夫妻は鏡から真ん中に描かれている娘であろう人物を見守っているのではないかという意見が出ました。留学生の意見で階段のほうから見守っている人物もベラスケスではないかと言っていたがどうやら違うみたいでした。人が間違っていると思いたがらない原因は、人間はどこか自分勝手なところがあり、また自尊心を持っているところにあると考えられます。感覚というものは常に真であることから起こる間違いの例について私たちの班の意見は「喧嘩」です。例えばAさんとBさんがいてAさんは間違っているのに自分では正しいと思ってしまうことでBさんと意見の対立が起こり喧嘩が起こってしまうということです。こうならないためには、自分が正しいかをしっかりと見極めることが大事であると思いました。

栄養学科 齋藤沙緒理

 今回は、新しい班として、8班で、今回新しく来た韓国からの留学生とベラスケスの絵とパンセの文章について話し合った。

 今回は、先生が最初にこの絵画について説明してくれた。この絵画は、作者が絵を描いているのを一緒に描いているという珍しいものだった。

 1では、最初はまとまらなかったので、一通り話し合ってから、結論づけた結果、We think the painter has insisted of himself.(この作者は、自己主張がすごい。)となった。

 2では、しっかりとはまとまらなかったが、ある意見として、貧富の違いを表すために、この絵画に描かれている人の役割があるのだと考えた。

 3では、留学生が「自分が思いついたことを否定したくない。自分が正しいと思っているから。」と発言してくれた。みんな「なるほど!」となった。その意見を班の意見とした。

 4では、クラスの前で発表したように、「自分の思想と人の思想ではずれが生じて間違いが生じる。」となった。これは3でまとめた意見が前提となって、4の問題が生じたということで、こういうまとめになった。

 今回は、リーダーが話し合いをスムーズに進めてくれたので、結構まとまったと思う。今回は、中身が難しかったので、しっかりと自分の意見が出せなかった。

2012年8月3日金曜日

電気電子 中村剛士

今回のペアラーニングは、アイルランドの人でした。アイルランドでは、夏休みが5月くらいからで、日本に来ていると言うことでした。夏休みが長くていいなぁと思いました。僕も、こんなに夏休みが長かったら、海外にいきたいなぁと感じました。外国の人の習慣がわかった感じがして良かったです。

電気電子工学科石本卓也

今回の講義も前回と同じようにグループに分けて話し合い、私は8班でした。
まずこの絵画から浮かんでくる情景は、子供たちがきれいな格好をしていて華やかな感じがしますが、影が多く描かれており暗い感じもしました。また鏡に写ったものが描かれているという意見もありました。
また、パンセの文章では「自分の考えていることと他人が考えていることではズレが生じてしまい、それによって間違いが起こる」となりました。
今回の講義では前回のときより話し合いに参加することができたと思いました。来週はもっとできるように頑張りたいです。

2012年8月2日木曜日

保健学科 山村菜摘 期末レポート

   私がこの「パンセと絵画」から学んだことは、伝えるということがどれだけ難しいかということだ。画家は絵画を通して時間と場所を飛び越えて何かを私たちに伝えようとする。しかし、ただ単に伝えても意味はない。自分の見たこと、感じたこと、思い、価値観、伝えたいこと全てを伝える。それをたった一枚の画用紙やキャンバスの中で表現するのはかなりの経験であったり、伝えたいことをまとめることができたり、自分のことを知ることが大切になってくる。そして絵を描いても、全ての見る人に伝わらなければ絵として成立しないのだ。絵画は見る人が居て、初めて成り立つのだと思う。パンセは絵画ではなく文章として、読む人に何かを伝えようとした。絵画にしても、文章にしてもなにかを"残す"ことで自分が存在していた証を残すことができるのだと思う。画家たちやパンセのように、私も何か生きていたと証明できるものが全世界の規模でも、日本の規模でなくてもいいので、自分の子孫や自分がかかわってきたこと位の規模でいいので何か残せたらいいなと思った。 正直、私たちが見てきた絵画は私に歴史的背景の知識が不足していたり、画家の言いたいことがくみ取れるまでの経験などが無かったからか、あまり理解することはできなかった。だから、画家やパンセの文は私にとっては意味のないものであったのかもしれないが、何年もたって自分が歴史を知って、色々な経験をして改めて今回見てきた絵やパンセの文を読んで再び設問に答えてみたいと思った。
   また、課外活動では韓国の学生とスカイプで交流を行ったり、市民講座に参加して宮田さんにキリスト教についての講演を聞いたり、PEER LEARNINGでは韓国の留学生に韓国語を教えていただいたり、アイルランドの留学生と交流したりと他ではできない活動を積極的に行えたと思う。文化や宗教の違いに驚くことも多々あった。これからは専門の勉強が増えていくが活動をとおして学んだことを胸に止めておきたいと思う。

機械工学科1年 田上 拳伍

 今回の授業では、また前のようにグループを作って絵画とパンセの文章について話し合った。私は1班になって、グループのメンバーは9人くらいでその内の1人はアイルランドからの留学生だった。
 今回の絵画は、不思議な感じのする絵だった。まず画家本人が何故か絵に描かれているし、鏡にそこにいない人が映っていた。画家本人が映っているのは、自分がその絵を描いたということを残したかったのだと、グループで話し合ってすぐに分かったが、鏡に映っている人の役割はなかなか分からなかった。最初は、その夫婦はすでに死んでいるのだと思ったが、後から夫婦はまだ生きていて、画家の後ろにいるから鏡を通してでないと描けなかったのだということが分かった。夫婦がいつも子どもたちを見守っているということを表現したかったのだと思う。
 パンセの文章は、一見難しそうだったが、意味はその文章のままだったので分かりやすかった。感覚が真だと思い込むことで起こる間違いは、私のグループでは、飲酒をしたときだということで話がまとまった。

保健学科 武田真帆


パンセと絵画 期末レポート
 

私がこの授業で学んだことは、絵画の見方やパンセの文章の解釈の仕方は人によってそれぞれ違うということである。この授業では、絵画やパンセの文章についてグループで話し合うことが多かった。毎回違うメンバーで話し合ったので、いろいろな考え方があることを知ることができた。特に、長谷川等伯が描いた『松林図屏風』の絵画について話し合ったときに、他のグループの人のレポートに、「屏風の絵だから紙を折ってみると、中心ではなかった松の木が中心に描かれてあるように見えた」と書いていたことに感動した。私では、思いつくことができなかったような発想をしていて、「そういう発想があったのか!」と気づかされた。他の人の意見を聞くことによって、自分が思いつかなかったことを知ることができるので、他人の意見を聞くことや自分の意見を述べることは重要だと思った。また、西洋の絵画と日本の絵画の違いを少しではあるが知ることができた。日本の絵画

は線がハッキリ描かれていて、西洋の絵画は線がぼやけているのが特徴だと思った。日本の絵画は、どんな情景なのかを推測することが難しかった。日本の絵画には、大浴場などの日本独特の文化が描かれていると思った。絵画について考えることによって、絵画が描かれた国のことや時代、作者についても知ることができるので面白かった。ピカソの絵画は、とても興味深かった。ピカソは作風が時代とともに変わっていったことで有名である。この授業では、『ゲルニカ』の鑑賞をしたことがある。『ゲルニカ』は絵画を通して平和運動を訴えていたので、とても素晴らしい絵画だと思った。何かメッセージが伝わってくるような絵画は、時代を超えても受け継がれていくと思う。パンセの文章は、解釈することが難しいと感じた。しかし、グループで意見をまとめることによって理解がしやすくなったと思う。英語を使っての意見を述べる場面も多かったが、積極的に英語を使うことができなかったのが反省点である。この授業で学んだことは、今後どこかで役に立つと思う。

建設工学科 青山大輝

今回の講義の絵画はベラスケスの絵画についてだった。この絵画について今回も留学生を交えてグループで話し合った。グループは1班だった。今回の絵画から浮かんでくる情景としてDress upであると最初に浮かんだ。この絵画はとても面白く書いている本人が絵画に登場していて今までに見たことないものでとてもユニークに感じた。この絵画に描かれている鏡の中のフェリペ4世夫妻は子供たちをそっと見守っている様子であって、ほっとする絵画だと感じた。グループでは女の子が人形みたいだという意見も出た。鏡の中に描くことによって後ろから子供を見守るとともに前からも見守っている様に描いているのではないか?とかんじた。グループでは子供たちをそっと後ろから見守る夫妻であるという意見がでた。パンセの言葉では自分が正しいと思っていることは一つの見方であって客観的に見たら間違っていることが現実ではある。また固定観念によるものであると発言した。最後の問いではグループではお酒の話になった。お酒は感覚を鈍らせ間違った行動を起こすことがあることから感覚というものが常に真ではないとい
う意見になった。今回の絵画はもっと考察することで楽しめそうに感じた。

2012年8月1日水曜日

保健学科・橋本日香里

7月30日の授業では、ベラスケスの絵画「女官たち」とパンセの言葉について議論した。絵画「女官たち」は、視点が画家視点ではなく、国王フェリベ4世であるという珍しいもので、しかも画家本人が絵の中の一員となっている。
今回の班はまた8つのグループに別れ、人数の多い中での議論となった。
私達6班はまず自己紹介と夢を語ったところで、この絵画の印象についての意見を言い合った。華やかな衣装や後ろのシスターなどから、何か結婚式のようなパーティーがこれからあるのでは、という意見が出た。私は、画の中央に可愛らしく描かれた金髪の女の子がこの絵の主役で、他の者は皆引き立て役であろうと思った。鏡に映るスペイン国王夫婦の向いている方向からして、この金髪の女の子は姫君なのではないかと私は思った。しかし、もしそうだとすると、タイトルとのアンマッチさに疑問が残ってしまう。そこで、この絵の人物の役割を考えてみた。まず、左にいるパレッドを持った男はベラスケス本人で、金髪の少女の両隣に居るのがタイトルにもある女官で、姫君に召し使っているのだと話し合った。そして、右に居る人々はなんだろうと考えたら、やはり姫君の引き立て役で、一人は容姿、一人は心の美しさの面でそれぞれ醜い子供を置くことで姫君の心身の美しさ、高貴さを引き出しているのではないかと思った。
次に、パンセの言葉について話し合った。皆の意見では、人は間違いであるということは屈辱で、プライドがあるので認めたくないものであるという解釈をしたが、私の意見は全く違っていた。
同じ物事を見ても、見る人によって違っていて、たとえそれが間違いであってもその人が見たものがその人にとっての正解なのだから、まぁいいじゃないか。という感じのことを言っているのだと思った。最後に4つめの項目について話し合って黒板に書き込んで発表するのがあった。これについてまず出たのが錯視だった。確かに、2つの線に長さの違いを感じても、それは間違いだと思った。私は、星が月よりも小さいというのがこれに当てはまるのではないかと意見した。地球から見ると、星は月よりもはるかに小さい。しかし、星が月よりもはるかに遠くに存在し、月よりも、地球よりも大きくて、太陽のように光を放つ存在であると知っている人からすると、星が小さいというのは間違いである。
今回も、貢献度は高いと思えた。前回より他の人がちゃんと発言してくれる人が多くて良かった。

知能情報工学科 魚住 尚輝

 今回は8班でした。留学生も含めて7人で話し合いました。今回の絵はまず貴族のようなものが書かれておりそしてこの絵は鏡に写ったものが描かれているといった結論に至りました。この絵の役割はまず書いている人が自分自身も書いていることでこういった貴族の屋敷でも自分は書いているんだといった自己主張が激しいといったまとめになりました。パンセの文章ではやっぱり自分が思っていることは正しいと思っていて他人に何を言われようが自分を信じるといった結果もし自分が思っていることが間違っていたらとりかえしのつかないことになるといった意味ではないのかなと思います。今回の話し合いでは結構話し合いに参加できたんではないかと思います。班長がよく司会進行を的確にしてくれてたのが良かったのではないかと思います。今度こういった機会があれば積極的に司会進行をしていきたいなと思っています。しかし今回の話し合いで少し留学生を置いて行った感があるので残念でした。

 

建設工学科加藤慎也  8班

 私は今回のパンセの授業で、この絵画は、子供たちが無邪気に遊んでいる絵画であるとおもった。
 それは、子供が複数人で部屋におり、どこか無邪気なイメージを持ったからである。私は今回のも前回の講義と同じで、自分の意見をまとめ、自分の意見をしっかりと話すことにした。
 私の今後の課題はしっかりと英語を勉強し、私は英語が一番苦手なので、しっかりと克服していきたいと思った。

保健学科 今滝大貴

 今回の講義でも前回のようにグループ分けをして1班だった。最初に自己紹介をして、将来の夢について話し合った。

 絵画を見ての印象は、登場している女の子は生気が無く、人形のようだという意見が出た。また先生が説明してた、画家が自分が描いている絵の中に登場しているのは不思議に思った。そして鏡に映っている国王夫婦の役割は、絵の対象となっている子供を画家の後から見守っているという意見が出た。

 パンセの文章については、ひとは自分が全てを見ることができないと理解していて、自分が見ている限定された空間は正しいものと認識しているので、ひとは間違ったと思いたがらないのだと思った。そして「感覚というものは、常に真である」ことから起きる間違いの例は"お酒"という意見でまとまった。理由は、お酒を飲んで自分は正気と思っていて、陽気になっていることに気付いてないことから間違ってしまうのだと思った。

機械工学科 後藤みなみ

 今回の授業では、前回と同じように、グループを作った。そして、今回の絵は、女の子がたくさんいて、パーティのようだという意見が出た。しかし、この部屋には犬がいたり、絵を描いている人がいたりして、パーティではないという印象を私は受けた。私は、鏡に映っている人たちが気になった。また、この絵のタイトルは「女官たち」であることから、召し使いの絵だと推測し話し合うことができた。私たちはこの真ん中の少女に周りの女の子たちが使えているという話し合いをした。
 右端にいる犬を蹴っている子供は男の子だということを留学生が教えてくれた。この時代では、女の人がズボンをはくことを禁止されていたということを話してくれた。
 パンセの文章は、自分のことを間違っていると認めると、自分自身を否定しているような気がしてしまうから、人は間違っているとは思いたがらないのではないだろうかと話し合った。
 そして、今回のグループの結論は、モノや物事を見る視点によって、違いがあるということにまとまった。
 この授業は、自分の考えを述べたり、留学生と関われたり、とても自分のためになったと思った。

保健学科 岩野史佳

今日は4班でディスカッションをした。今日はロサンゼルスからきた
留学生の方も一緒にした。
まず最初に絵画から浮かんでくる情景として暗い感じであるとか
犬が踏まれているなどといった意見がでた。
私的には、きれいなドレスとかもきているのでどこかにいく直前、
または何かの発表会の前のようにも感じた。
2番についてはセンターの女の子の周りにいる二人がメイドさんで
手前のほうにいる黒いドレスをきた人がメイドさんの取り締まるひとで
ちなみにセンターの女のこは国王夫人の娘だという意見がでた。
そして留学生の人はベラスケスが二人いるという意見を言ってくれた。
今日のまとめである4番についてはケンカという意見がでた。
自分の感覚が真である感じて、
相手も相手の感覚が真であると感じて自分と相手との食い違いがあると
ケンカがおこる。という意見だった。
今日のディスカッションは留学生の人もノリがよくてとても楽しかった。
夢についてもいろいろな人のことがきけてとても参考になった

電気電子工学科時谷哲郎

今回の講義は、先週と同じようにグループを分けて話し合いました。自分は7班でした。
まず絵画から浮かんでくる情景として、ヨーロッパで華やかな感じがする一方で何か暗い、影があるようなイメージもするという意見もありました。絵画に描かれている人の役割は、真ん中に描かれている女の子が一番偉く、大切にされており、その周囲にいる女性達などは世話係というように考えました。また右の女の子二人については真ん中の女の子の姉妹みたいだと留学生は言っていました。この時代では女性が縁の下の力持ちとして重要な存在であったと思いました。
パンセの文章は、人間は思っているほど立派なものではなく、足元ばかり見ているがゆえに自分の間違いを認めないと考えました。感覚が常に真であることから起こる間違いとは、人それぞれに感覚が違い、その違う感覚をそれぞれが正しいと思っているから生じることであり、班では触診による医者と患者の感覚の違いなどが意見として出されました。
来週が最後なので、より頑張りたいです。

電気電子 梶原航平

今回は6班だった。

この会がをみて思い浮かぶのは貴族社会です。

他の人の意見で右の女の子は身分が低いとわかり、格差社会を表しているのだとわかりました。

真ん中の女の子と右の女の子は同じ年頃なのにもう身分の違いがある。

そこからは悲しさが感じられる。

フェリベ夫婦の絵画はこの家の主がスペイン王室に関係のある家というのを表していると思う。

パンセの言葉…

自己否定をしたくないから間違いを認めれない。

自分は愛されていると思っていても、実際は嫌われているなどが間違いの例に挙げられる。

保健学科 山下登央

今回は講義は各グループに分れたあと絵画について話し合いました。私は4班で留学生はアメリカからきた女の人でした。まず、自己紹介したあとに自分の夢をそれぞれ語り合いました。

絵画についての印象は女の子がお人形さんみたいという意見が出ました。自分の意見は元気がないという意見でした。絵の人の役割については、娘、メイド、メイドの長などという意見が出ました。パンセの文章について、「ひとが、まちがっていると思いたがらない原因」については、人間は自分勝手であるという意見を出しました。

またパンセの「感覚というものは、常に真である」ことから起きる間違いの例としては"ケンカ"という意見でまとまりました。理由は相手の思いと自分思いとが食い違っていると勘違いが起きるからというものでした。

今回の講義はでは、楽しくトークを続けることができました。そこは非常によかったと思います。

保健学科  澤田茉衣子

今回の授業でも1枚の絵についてグループになって話し合った。私ははじめは先生の説明を聞いても、この絵が作者本人を描いているのか分からなかった。この絵画の題名は「べラスケスの女官たち」だった。この絵画から浮かんでくる情景はパーティーなのではないかという意見がたくさん出てきた。また、真ん中の白いドレスの女の子が主役ではないかという意見もあった。なので、その周りをかこんでいる人々は、その女の子の召使だろうという意見も思った。また、赤いドレスをきている子が犬を踏んでいるのもすこし気になった。パンセの文章については、人は間違っていると思いたがらないのは、それによって自分を否定しているという風にとらえるからではないか。人にはプライドや自信gあり、自分が正しいと思いたいからであると思う。次回の授業で最後なので、積極的に取り組みたいと思った。

保健学科 江口愛実 期末レポート

『パンセと絵画』という履修科目名みた時に、なにを学ぶんだろうと疑問に思っていた。いざ、授業を受けてみて、グループで話し合うというワークに驚いた。大学の授業は、90分ずっと先生の講義を聞くのがほとんどだったからだ。90分椅子に座って、ただ先生の話している内容をボーっと聞く授業とは違い、グループで話し合い、自分の意見を言い、考える授業なので、有意義な授業時間に思えた。
絵画やパンセについて、人と語り合い、また自分で深く考えることで、新たな観点やものの見方ができるようになった。また他の人の意見をきくことで、そういう考え方があるのか〜とか、そういう発想があるのか〜と感心する場面がたくさんあった。これから生きていく自分の生活にプラスになると思う。
先生の話では、大学生活にかんして考えさせられた。何気なく、普段生活していたけど、こうやって何事もなく大学に行けてるのは両親の愛情なのだと気付けた。分かってるようで、当たり前に思っていることが多いんだと改めて実感した。自分でバイトしてみてお金の大切さが分かって、より両親の有り難さが分かった。そんな大事なことに気付かせてくれた先生に本当に感謝している。
ペアラーニングでは、日本と外国の文化の違いや考え方の違いを感じた。留学生と関わるなかで、文化はその土地で育った人達や周りの人達の共同体である考えかたや感じ方を共有し、長い時間を経て形づくられ、具体化していくんじゃないかと思った。旅行にいったときや考え方の違いを感じたときには、拒否するのではなく、受け止めることが必要だと思う。
これからの人生にこの経験や意識を生かしていけるように、毎日一生懸命に自分のできる範囲のことを積極的にアプローチしていけたらと思う。

電気電子 中村剛士

今回の授業では、とても考えさせられる絵について、グループで話し合いました。今回の絵は、なんとなく分かりにくいような感じがしました。役割などが、あまりよくわからなかったなーと感じました。真ん中のこが、女王さんであるだろうと言うことになりました。僕も、たぶんそうだろうとおもいました。これは、パーティー前の準備をしているところなのかなぁと考えました。でも、それにしては、回りの人たちの表情が全然楽しそうではないので、パーティーではないのかなぁとも感じました。ほとんどのひとたちの表情は、無表情に近いような感じがしました。英語では、ポーカーフェイスと、アイルランドからの留学生の人がいっていました。役割としては、回りの人たちは、真ん中の女王さんのメイドさんと、お友だちなのかなぁと考えました。あと、左の人はお絵描きしていると感じました。この絵の印象としては、あまり楽しそうな感じではないと感じました。次の総括授業は、もっと難しい絵をみるのかなぁと、きんちょうしました。

保健学科  澤田茉衣子

今回の授業では1枚の絵についてグループになって話し合いをした。 今回の絵はピカソの絵でこの絵の印象はとても暗いものだと感じました。私たちの班では左側の男の人は医者なのではないかという意見とベットに横たわっている女の人の旦那ではないかという意見が有りました。男の人は女性の手首を握っているが、これは彼女の脈を測っているのではないだろうか。また、女性のそばに立っている女性はシスターなのではないかという意見もあった。この絵の場所が教会ではないかという意見があり、そこか考えるとそのような意見になった。この時代と今の時代の違いは医療器具の発達ではないかと思う。それのより今の時代を生きている人は長生きをすることができるようになったと 思う。パンセの文章は今回も内容の難しいものだった。the development of medicine gives happiness. But it also gives us some problem ,example guarrantee. So it do not led to khapiness of human being.今回の私たちの班では英語しか話すことができなかったので、とても苦労した。これからより英語で話していけたらいいと思いました。

保健学科 田中志保里

今回の授業ではベラスケスの「女官たち」について話し合った。真ん中にいる金髪っぽい女の子にみんなが服従しているような印象を受けた。右端にいる子供は女の子だと思っていたけど留学生に、この時代にズボンをはいている女の子はいないという話を聞いて、男の子だということが分かった。現在との時代に驚いた。人が間違っていると思いたがらない原因は、間違いを認めることはある程度の屈辱を伴うので自分を否定されているように感じるからだと発言した。同じような意見が多かった。感覚による間違いでは、錯覚などが挙げられた。今回のグループではあまり積極的に発言できなかったので次回はがんばりたい。

社会創生学科 荒木のぞみ

7月23日 2班

 この講義ではピカソのScience and Charityという絵画についてグループで話し合いました。

 絵画を見て、暗く深刻で希望がないような印象を受けました。現代の医療とこの絵画の違いについては、医療機器がないことしか私は思い浮かびませんでした。他の人の意見には、医者が白衣を着ていないこと、また清潔ではないような気がするというのもありました。パンセの文章の意味は、命は有限であり、無限なものから見ると有限なものは全て等しいのに、それを私たちは分かっていない。だから自分と他の人を比較したりして、長く生きられないとかそういうことに悩んでしまうのではないかと私は考えました。最後に、医療の発達が必ずしも理想の社会を創り出すとは限らないということの理由をみんなで考えました。The development of medicine has helped many people .But some people who have had Life-extending medical treatment are now bedridden. They are not happy.これが2班の考えです。この回の講義では人数が多かったので、積極的には話すことが出来なかったです。初めの方は1人ずつ意見を言っていたけれど、時間もなかったしテーマが少し難しかったので、最後の方は自分の意見を伝えれてなかったと思います。あまり貢献できなかったと思ったので、次からはどんどん発言していこうと思いました。

 

7月23日 4班

 この講義ではベラスケスの女官たちという絵画について話し合いました。

 絵画の印象は、初め私はパーティかなにかの絵画で、真ん中の女の子が1番明るいので主役のような感じで、楽しい雰囲気なのではないかと思いました。でも他の人の意見を聞くと、表情が固くて人形みたい、どこか寂しそうというもので、私と真逆な意見で少し驚きました。だけどよく見てみると納得できたし、その意見が正しいように思えてきました。パンセの文章の人が間違っていると思いたがらないのは、プライドがあったり、自分勝手が原因なのではないかという意見になりました。また、「感覚というものは、常に真である」ことから起こる間違いは、人は間違っていても間違っていると思いたがらず、常に自分が正しいと思っていて、相手も自分が正しいと思っている。そのため、自分と相手の間に感覚のくいちがいとかズレが生じる。例を挙げると喧嘩ではないか、となりました。

生物工学科 村上奈峰

今回の授業は2班でした。絵画はベラスケスの女官たちで、この絵画は見たことがあるなあと思いました。グループでの話し合いで、絵画にうつっている一人一人がどんな役割なのか話をしたが、あまりよく分からないままに終わってしまった。私が一番印象に残っているのは、一番右の女の子が犬を踏んでいることで、何か気に入らないことがあるのかと思った。パンセで、ひとが間違っていると思いたがらない原因はどこにあると考えているのだろうか?で、人は常に自分が正しいと思っているから間違いを認めたくないのだと思った。
次が最後の授業なので、真剣に取り組みたいと思った。

社会創生学科 荒木のぞみ 期末レポート

  昨日の夜送信したんですけど、エラーで送れてないと今メールが返ってきたので、レポート出すのが遅れてしまいました。
 私はこの「パンセと絵画」という講義で、多くのことを学んだと思います。

 まずは毎回グループトークをする前の大橋先生のお話は、とてもためになりました。特に、テストのためのその場しのぎの勉強や、ただ暗記するだけのものは勉強とは言えず、勉強は自分で進んで取り組もうという気持ちが必要で、そうでないと身に付かないし、何の意味もないという話が印象に残っています。今までは大橋先生が言う、勉強とは言えない勉強を続けてきたのだと初めて気付きました。確かに大学では高校までとは違って暗記力より考える力が必要なことが多いと感じるし、受け身ではなく自分から能動的に勉強しようとする気持ちも必要だと思います。だからこの大学の勉強こそが本当の勉強ではないのかなと思いました。このように大橋先生のお話では、普段あまり考えないような話が多く、改めて物事を考え直すことができました。

今まで絵画を見ても深く考えなかったし、その面白さがいまいち分かりませんでした。だから初めのころは絵画のプリントが配られてそれがよく分からない絵画だったら、すぐ見るのをやめてグループの人に意見を求めたりしていました。でも回を重ねるうちに、1つの絵画から作者の気持ちやその時代について、またその絵画が描かれた意味などが見えてくるような気がして、絵画を鑑賞することはおもしろいし、奥が深いと思えるようになりました。そのため、絵画を見てよく分からないと初めは感じても、それなりに何か考えてみようという気になりました。そして少しでも気付いたことを言うだけで話が発展していくこともあり、まずは考えることが大事だということ、そしてグループトークでは些細なことでもいいから、発言して自分の意見をみんなに伝えることが大切だと分かりました。また他の人の意見を聞くと、自分とは違った考えを持っていて、そういう見方もできるなと感じることがよくありました。特に後半からは留学生も参加していて、たまに日本人が考えないようなとてもユニークな考えが出たりして、とても面白かったです。このようにいろんな人の意見を聞くことで、様々な視点からの考え方が出来るようになったと思います。

私がとっている講義のなかではグループトークする講義はあまりなかったので、この講義は、自分の意見を相手に伝え、相手の意見を聞くという、コミュニケーション力をつけるための貴重な時間だったのではないかと思います。この講義で学んだことや身に付けたことを忘れず、今後の講義に積極的に取り組み、生かしていきたいと思ました。

保健学科 島田三由起 期末レポート

7月31日23時27分に送信しましたが、反映されていないため再送します。

「パンセと絵画」を受講して初めは知らない人と絵画について話し合うのが気恥ずかしく、少しいやだなあと思っていた。しかし、回を重ねるごとに新しい友達が増え、知らない人と絵画について話し合うことでいろいろな価値観に触れることもできた。大橋先生は勉強とは暗記ではなく実際にやってみることが勉強なのだとよくおっしゃっていました。たしかに、暗記ばかりでなく実践することはとても大事です。頭ではわかっていて、こうなるだろうと予測できても実際にやってみると思うように出来なかったり出来たとしても予想した結果と違う結果が出ることは多々あります。
また、グループの人たちと意見を出し合う中で人の意見を聞くことは大切だと感じました。せっかく自分の考えを話そうと思い話し始めてもこの絵はこういうことを描いていると学んだという人がそうではなくてこうなんですという場面がよくあった。絵画は一人一人感じることが違ってもいいのではないだろうか。人それぞれ絵画を楽しみ自分はこう感じたと発信できることが重要なのではないだろうかと感じた。
授業中キリスト教のお話を多く聞いたがどの話もキリスト教は素晴らしいといった風に話されていたのが印象的であった。宗教というのは難しいものでもっと中間者の意見からキリスト教について話されるべきだったと思う。日本人と西洋人では感じ方が異なるのは私たちの生まれた地、育った環境、親が違うため当たり前なのだが、どちらが優れているとか劣っているとか決めることはできないはずなのだ。そして優劣をつけずお互いの考えや意見を理解し認めることがグローバル化の一歩に繋がるのだとも思う。
授業の後半では留学生と交流することができた。西洋の人とは交流があるが、隣の国であるにもかかわらず中国のかたとの交流の機会は今まで一度もなかったのでとてもうれしかった。正直、私の中で中国の人へのイメージはあまりいいものではなかった。しかし実際に会話し、意見を交わしていると周りの意見をよく聞き一緒にまとめてくれるなどとても建設的で、協力的だった。このように交流することは大事だなと感じた。
医療に関してこの授業では批判的に見ることが多かった。将来医療人として生きようと思っている私には真摯に受け止めるべき大きな課題であった。ただ、一つ言えることは医療にかかわる人たちの医療の目的とは、よく生きることを支援することにあるということだ。医療を悪用しようとしている人は医療人ではなく、またその人が行っているのは医療ではないのだ。確かに医療とそうでないものは紙一重である。医療とは幸せになるための行為であるということ、幸せとは人間らしく生きることということを忘れてはいけないと感じた。

この授業で学んだことをこれからの人生に活かしていきたいと思う。

栄養学科 金村真友子

今回の絵画は対象と、それを描く自分も描いているという面白い絵だった。
8つの班に分かれて話し合った。私は4班で留学生はロサンゼルス出身の人だった。
この絵の印象は暗いとか、女の子が犬の上に足をのせていて、犬が怒っているといったものがあった。
ベラスケスが2人描かれているとしたら、ベラスケスはこの対象と自分の2つの時間の流れを1枚も絵で表現しているなとおもった。また、ベラスケスがいることでその時間が過去に本当にあったんだということが実感できるとおもった。国王夫婦が描かれているのは、娘を心配する気持ちが表現されているとおもった。
人が間違っていると思いたがらない原因はどこにあるのかという質問で、人間は自分勝手だという意見があった。自分が正しいとおもっている。たしかに自分の世界からしか周りのことは認識できない。間違っているといわれても、自分の世界を否定されたようなものなので、それを見直せと言われても、難しい。
感覚というものは常に真であるということから起きる間違いはという質問で、わたしは「喧嘩」ではないかと発言した。ある言葉をいわれたら、相手のその言葉に秘めたおもいと、それをうけとった側のことばの受け取り方に食い違いがあれば、言い合いになったりする。また相手の考えを聞き入れようとしても素直にならなければ難しい。相手の感覚と自分の感覚の食い違いで喧嘩に発展することがありうる。

機械工学科1年 田上 拳伍

期末レポート

 今までパンセと絵画という授業を受けてきていろいろなことを学んだ。
 まず、グループで話し合いをするという機会はめったにないので、とても良い経験になった。グループで話し合うときはリーダーを決めなければなかなか話が続かないことや、人それぞれ考え方が違うということなど、様々なことを学んだ。グループの人達に英語で表現しなければならないこともあり、いつも話していることを英語にするのはとても難しいことが分かったので、もっと英語力をつけたいと思った。
 また、グループで将来の夢や自分のやりたいことについて話をしたとき、自分の夢をしっかりと持っている人が何人かいて、とてもすごいと思った。私も一応夢はあるが、何か漠然としすぎているし、それが本当に自分のやりたいことなのか分からない。他の人の夢を聞いて良い刺激になったので、私も自分のはっきりした夢を考えようと思う。
 さらに、パンセと絵画では、留学生と交流をする機会もあった。私は今まで外国に行ったことがなく、外国の人と話をする機会はほとんどなかったのでこの授業で留学生とたくさん話すことができてよかった。留学生の人と話して思ったことは、留学生の人はとても日本語が上手だということだ。日本語は他の国の言葉に比べて難しいと聞くので、とても勉強しているはずだ。しかし実際に聞いてみると、3年前くらいから日本語を勉強しているらしかった。私は中学から英語を勉強しているので6年以上は英語を勉強しているが、全然上手く話せないので、留学生の人達はとてもすごいと思う。
 最後に、本題の絵画とパンセの文章についてだが、全体的に見て絵画もパンセの文章も深い意味が込められていることが多かった。その意味を考えるのはとても難しく、1人では絶対に分からなかったが、グループで話し合って他の人の意見を聞くと、とても納得できた。しかし、やはり深い意味を考えようとすると意見が分かれることが多かった。私は、その意味に答えなどないのでどの意見も正解だと思った。
 私は、このパンセと絵画という授業を受けてよかったと思う。この経験を活かしてこれからも勉強を頑張ろうと思う。

建設工学科柴山紘輝期末レポート

私はこの講義を受けるまでは、絵画は作者の描きたいものを描いたもので、絵画自体にメッセージ性はあまりないと思っていた。しかし、絵画の表現力を感じることができた。
また、絵画だけでなくパンセの文章を通じて、人の深層心理や人の在り方なども考えることができた。

講義を受け始めた時は、知らない人とのグループワークが少し苦痛に感じ、話し合いも真剣に取り組むことができなかった。しかし、講義の回数を消費するにつれて、人の意見を聞き、他人の視点に立つ努力をすることの面白さにだんだんと気付くことができた。


また、毎回の講義で様々な絵画の複数人の意見を聞き自分の価値観を見出すこともできた。
最後にそれを紹介して終える。
「人は常に自分が正しいと思うものであり、自分の視点で物事の判断を行うので、醜い。しかし、人には言葉と考える頭脳があるため、時に人の意見に耳を傾け、時に自分が正しいのかと自問自答し、答えのない問題に立ち向かうことができるから醜いともいえない」