6月合宿のお知らせ


剣山登山の写真

2012年6月6日水曜日

6月4日の授業では、戦争についてのお話を聞いた。そのお話の中で私が最も印象に残ったのは、戦死した人はその多くが敵軍による砲撃などによる死ではなく、病気や飢餓で死んでいるという話だった。その時に出てきた絵画を見て、私はカタコンベを描いているのかと一瞬思ったが、その絵画に描かれているのはミイラのように痩せこけた人間で、確かに動作が描かれているのだ。私はそのことに驚愕し、一部の有力者がさらに権力を得たいがために数々の悲惨な犠牲を出した戦争と無縁の生活を送れる日々が永遠に続けば良いと思った。
今回の議題は、Hironymus Boschの「十字架を背負うキリスト」と、パンセのとある言葉についてでした。
その絵画は、十字架を背負ってぐったりとしているキリストと、その周りに沢山の人が表情細かに描かれていた。一人を除いて全員男で、数人を除いて殆どが悪人面をしていた。
仏頂面であったり、目をひんむいて笑っていたり、何かを叫んでいたり、表情のよく見えなかったりと、見えるだけで19人もの人物が入り乱れていて、メインの人物がどれかもわからない描き方だった。他の人の意見に、十字架を背負ったキリストの周りでそれを喜ぶ者たちを描いているのではないかというのがあった。喜ぶ者たちはみな悪人面ということから、その者たちを批判しようという意図でこの絵が描かれたのだと私は思った。
次にこのパンセの文章の意味については、皆同じような意見を持っていた。
It is difficult to talk to other one's thinking perfectly,and it is difficult to understand mean of someone's wold perfectly.
自分が相手に伝えようとしているものと、相手がその言葉をどう受け取っているかとは、完全に一致するのは難しい。同じ言語を喋っていても受け取り方は十人十色で、そこに言語の隔たりがあれば、ただでさえ言語から言語へ完璧に翻訳することはできないというのに、人の考えを完璧に汲み取るなど、ほぼ不可能である。
ならば、他人の考えた完璧でない理解から、さらにずれた認識を自分がするよりも、自分で考えた理由のほうが納得しやすいのは道理であると思う。

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