印象に残ったのは、「便利さは環境を犠牲にする」といったような言葉だった。
近代で産業革命が起こってから今現在この瞬間でさえ、いろんな技術は日進月歩で急速に発展している。その発展は世の中の効率を良くし、どんどん便利になっていく。しかし、その便利さは自然や資源を犠牲にして成り立っているものなのだ。
目先の事だけを考えていたら、駄目になってしまうことが多々ある。大切なのは、目先のことではなく、全体を見通したことを考えて行動することが重要であることを学んだ。
私達の学ぶ事はその多くが最先端の技術だ。しかし、今話題になっている世界一高いタワーであるスカイツリーには、昔に作られた技術を使用している。五重塔と同じように、地震を受け流せるように設計されているのだ。このような古い技術や文化、歴史を知ることは最先端を学ぶ事よりも大切である。古きを尋ねて新しきを知るという諺のように、今の事だけを知っているだけでは、全体を見通した考えにまで持っていくことができない。最先端を知るためにも、古きを知ることが大切になってくる。
そんな話を聞いた所で今度は日本の江戸の大衆文化だと思われるような4枚の絵とパンセの言葉についての議論に入った。
今回、留学生が私の班に混じっていたので、英語力に乏しい私は意思疎通に時間がかかってしまった。
何を描いたかという議論で、Aは銭湯(男湯)、Bは天ぷらの屋台、Cは銭湯(女湯)、Dは食べ物屋という意見が出た。私はDは食べ物屋の中でも、居酒屋かなと、お猪口のようなものを持った人を見て思った。しかし、あまりこういうところに女は入らないだけじゃないのかという意見も出ていた。
これら4枚を見た印象は、どれもなんだか温かいと思った。現代は便利さに依存して環境を犠牲にしたということだったが、私は便利さに依存してこのような温かさも犠牲にしたのではないかと思ってしまった。
3 件のコメント:
確かに私たちは現代の便利さに依存し、昔のあたたかさも犠牲にしてしまったのかもしれませんね。そのような考え方もあることを知りました。ありがとうございました。(茶々)
昔の生活の方が人と人との距離が近いように感じられました。私たちの生活が豊かになるのはいいことかもしれませんが、それが何かの犠牲の上に成り立っていることを考えると複雑な気持ちになりますね。(伊藤)
一つ一つ詳しく考えてますね。私たちの生活は豊かするのかもしれませんね。
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