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剣山登山の写真

2012年5月16日水曜日

電気電子工学科・木村栄輝

 今回の絵画を見て僕はこの人たちは親子であり、子供を見送る両親のように感じた。話し合いのなかでは旅立ちの瞬間を表現したものだという意見も出た。特に父親と見られる奥の男の人のリレーフは我が子の今後を心配しているのではないかと感じた。逆に手前の母親と思われる女性は強く激励する気持ちがあるように感じた。しかしその女性の左手は奥の男性の肘に触れており、自分自身のからだを支えているようにも見える。その上一人だけ椅子に座っている。普通旅立つ我が子を見送るのであれば座ったりせずに立って見送るのではないかと思う。これらのことから僕は母親は何かの病気にかかっており、そのため子供はその病気を治すための薬を探す旅に出るのではないかと思った。そして父親は自分の妻の病気は治ってほしいとおもっているが、それを理由に息子を危険を伴う旅に送り出してしまってもいいのかという葛藤の末、このような顔つきになっているのだと思った。
 パンセの文章からは人間は生まれたときからすでに死んでしまうことが決まっていることが惨めであるが、その限られた時間のなかでできる限りの幸福を求めて過ごす生き物であると言っているように感じた。そして多くの幸福を得るためには長い時間が必要であり、不死がそれを満たしているが人間には不可能なことである。むしろ不死=幸福と考える人もいて、不死を求めて時間を使い過ぎて、他に何の幸福も得られず死んでしまうことを憂いているようにも感じた。
 この2つから人は幸福を求めて生きていくものであるが、必ず不幸なこともいくつもあり、これらの幸不幸を素直に受け止めながら生きていくことこそが人間の運命であると思った。

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