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剣山登山の写真

2012年5月23日水曜日

知能情報工学科 芳野直幸

1・まずこの絵を見て思ったのは木が一本も生えていないことだった。
自分は最初このことに気を取られていたが、これは多分「道」そのものに注目させるためだと思う。
そして肝心の「道」なのだがこの道は途中で途切れているのだ。
しかも、地平線で見えなくなっているのではなく、その手前から消えるようになくなっている。まるで途中から透明になったかのように。
この道というのはこの世からあの世へと続く道なのではないだろうか。
だとすると途中で消えているのはどういう意味だろうか。
それはおそらくこの道を歩いていた人が死んだということだろう。
死んだ人が進む道はこの絵を見ている人(この世にいる人)には見えない、だからこの道は途切れているのである。
2. 1をふまえてこれはこの世とあの世の境目を書いたに違いない。
3.「自然は互いに模倣する」というのはまったくベースが違うにもかかわらず似たような結果になることを示しているのではないだろうか。
たとえば、本文にあるようによい土地にまかれた種は実を結び、良い環境で育った家畜は美味しく、
良い教師のもとで学んだ生徒は良い人物になるものである。
4.原理⇒種、結果⇒実に例えられている。
これは人間の努力云々ではなく主が導いたことによって実を結ぶという宗教的な価値観からきているであろう。
しかしそれは間違いであると私は思う、なぜなら農家の人の努力次第で結果は変わるからだ。
肥料やビニールハウスの使用の有無で収穫は変わる、農業のノウハウがしっかりしていなかった昔とは違うのだ。
だから間違いであると思う。

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